イギリスからの大学教授のお見舞いに「オーシャンブリッジ」を実感/毛包炎その後:白血病・悪性リンパ腫闘病記(83)

前回の闘病記からの続きです。
入院中に母から差し入れしてもらった天津飯
◼︎2013年10月9日(水)。入院150日目。抗がん剤治療開始から142日目。


この日も引き続き口の中が痛く、前日よりも悪化し、ご飯が食べにくいほどに。しかも歯茎だけでなく舌の裏や下なども痛くなっていました。
また、5日前に皮膚科で毛包炎と診断を受けた顔の皮疹について、再度皮膚科を受診しました。その結果、引き続き抗生剤を飲んで、治癒しなければ二週間後に再診とのこと。抗生剤がしっかり効いているので、以前話の出た生検は考えすぎでしょうとのことで安心しました。
午後には長野から母が上京してお見舞いに来てくれました。口の中が痛いので、それでも食べやすそうなあんかけチャーハンみたいなものを差し入れにリクエストしたところ、天津飯を買ってきてくれました。ナイスチョイスだったのでほぼ完食できました。
この日は朝から1階での皮膚科の受診や、シャワー、また母が来ての話などで疲れたのですが、それでも廊下は7往復しました。
◼︎2013年10月10日(木)。入院151日目。抗がん剤治療開始から143日目。
夜、よく眠れなかったせいか、午前中は寝て過ごしました。それでも昼前には起きて、歯を磨き、廊下を5往復しました。
この日も家内がシンポジウムに参加する前にお見舞いに寄ってくれました。抗がん剤(オンコビン)の副作用でやはり下痢から一転して便秘になっていたため、お腹をマッサージしてくれました。苦しかったお腹が楽になり、助かりました。
また、今後の外泊の見通しについても話しました。話していて気づいたのですが、次週の末が娘の保育園の運動会、そしてこの週の末は家内の誕生日でした。
夜、寝る前にも廊下を5往復しました。
◼︎2013年10月11日(金)。入院152日目。抗がん剤治療開始から144日目。
この日は、イギリスの大学の教授がお二人と、東京大学の教授がお一人、お見舞いに来てくださいました。オーシャンブリッジも参加していた産学共同プロジェクトの中心メンバーのみなさんです。日本でのミーティングやシンポジウムの合間を縫って、わざわざみなさんでお見舞いに来てくださいました。
直接、教授陣からプロジェクトの進捗状況や前日に開催されたシンポジウムの盛況ぶりを教えていただいて、また僕の身体のこともご心配していただいて、本当にありがたかったです。
このプロジェクトでは、オーシャンブリッジはイギリスと日本、大学と企業をつなぐ、まさに架け橋の役割を果たしていました。
オーシャンブリッジという会社をやっていてよかったな、社会に貢献できているな、と病院にいながらも感じられた時間でした。そしてみなさんにお会いすることで、久しぶりにビジネス復帰への意欲が湧いた日にもなりました。
夜、看護師さんから話があり、血液検査の結果、白血球の数が、前回の300から今回は400までしか上がらなかったため、この週末の外泊は断念することになりました。できれば家内の誕生日は家で家族3人でお祝いしたかったので、非常に残念に思いました。
また血小板の数も減っていたため、輸血することになりました。
それでも、夜寝る前に廊下を5往復しました。転倒して出血しないように気をつけながら。

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