がん患者ではない人が、がん闘病記を読む理由

昨日のブログ記事でこんなことを書きました。

私含め皆さんがそう仰るのは、患者さんもご家族も、高山さんのブログまたはご著書で治療の疑似体験が出来、治療の不安が少しでも和らぐからだと思います。

これを読んで、「なるほど!」と思いました。僕の闘病記は、読者である患者さんにとっては、「治療の疑似体験」でもあるんですね。

▼闘病記は治療の疑似体験|オーシャンブリッジ高山のブログ


これを書いてからちょっと考えまして、少し補足させていただこうかと思います。
これまでブログや本「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」で闘病記を書いてきた中で、自分としては、がん治療において特に重要となる「意思決定」の部分が、読者の患者さんにとって最も役に立っているものと考えていました。
つまり、

・病院の選び方
・手術や化学療法などの治療方針の決め方

などの意思決定に関する記述です。
こうした意思決定の場で、

・自分がどういう情報に基いて、
・どう考えて、
・医師とどう議論して、
・どう治療方針を判断したのか

というあたりが、最も読者のみなさんの役に立っているのではと考えていたわけです。
でも実際は、昨日のブログ記事に書いたように、それ以外の小さなイベントの記述もお役に立てているようです。
例えば、

・外来での初診の様子
・入院日から始まる検査の内容
・主治医からの手術の説明の様子
・手術日の朝起きてから手術室に入り、ICUで一晩過ごして、翌日病室に帰るまでの流れ
・術後の車椅子移動〜歩行〜入浴〜外泊〜退院に至る回復の過程

など。
こうした治療における「一連のプロセスの細かな描写」も、参考にしていただけているようです。
それが、昨日のブログに書いた「疑似体験」であり「予習」なのかなと思っています。
ただ、引用した女子医大 村垣先生のお話の文脈では、「予習」という言葉には、疑似体験としての意味だけではなく、治療方針を決める意思決定のために必要となる病気や治療方法に関する情報の取得という意味合いも大きく含まれているものと思います。
その意味では、やはりブログや本で闘病記を書く意味としては、

・意思決定の中身の理解
・一連の治療のプロセスの疑似体験

の両方があるのかなと考えています。
ただ、昨年「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版してみて改めて分かったのですが、読者のみなさんから寄せられる感想や書評などを見ると、これら以外にもみなさん本当にさまざまな視点で本を読んでくださっています。

1章と2章の闘病記の部分で涙が出たという方。
3章の具体的な闘病のノウハウの部分が参考になったという方。
4章の人生論的な部分に共感したという方。

さらには、

問題解決、目標達成、レジリエンスなどの観点でビジネスにも役に立つという方。
強制収容所生活での希望の大切さを描いた「夜と霧」に重ねて読まれた方。
映画「オデッセイ」(原題「火星の人」の逆境を乗り越えるプロセスと同じだという方。

このように、みなさん、本当にいろいろな視点で読んでくださっています。みなさんがこの本を読む立ち位置によって、印象に残る部分、響いている部分はそれぞれ異なります。
こうした反響を見ると、がん患者さんやそのご家族に留まらず、医療関係者、そしてビジネスパーソンや教育者の方々も読んでくださって、それぞれのお立場で、この本の意義を見出してくださっています。そしてそうした方が、それぞれの世界で、この本を広めてくださっているようです。
このようにいろいろな読み方ができる本になったことを、著者として非常にうれしく思います。
この本が、がん患者さんだけでなく、さまざまな世界のたくさんの方のお役に立つのであれば、うれしく思います。

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ

(幻冬舎/税込1,188円/全国の書店にて発売中)

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