2014年06月27日

一つ一つ乗り越えて生きていくしかない/目の前に食べたいものが浮かぶ:白血病・悪性リンパ腫闘病記(26)

前回の闘病記からの続きです。

◼︎2013年6月7日(金)。入院26日目。抗がん剤治療開始から18日目。

前日の最終手段が功を奏して、お腹の痛みはかなり治まりました。

胃腸の調子が戻ってきて苦痛が軽減されたことで、この日は朝から久しぶりに気分がよく、また、数日間まともに食べ物を口にしていなかったため、少しずつ空腹感を感じるようになってきました。

そうすると、目の前に食べたいものが次々と浮かんできました。家の近所の炭火焼屋さんの地鶏の炭火焼とケチャップライスとパスタ。会社の近所の中華料理屋さんのチャーハン。家の近所の中華料理屋さんのチャーハン。Namak Cafeのカレー。でも残念ながら、最初の2店は閉店してしまい、その後も食べられていません。

お昼にはエビピラフが出てきました。久しぶりに固形物が食べられてうれしかったです。ただ、食べるとまだ胃が痛みます。少しずつ無理のない量を食べました。

それでも、継続的なお腹の痛みが治まると、気持ちから何から全然違います。おやつにマンゴープリンを食べる余裕も出てきました。これでいいサイクルに入ってくれるといいな、と思いました。

午後、家内が来てくれたこともあり、久しぶりにがんばってシャワーを浴びました。頭を洗うと、すごい量の脱毛が。いよいよ抗がん剤の副作用が髪の毛にも来ました。

シャワーから上がると、家内が爪を切ってくれました。数日間何もできずに寝ていたこともあり、爪が伸びていたのですが、自分では切る元気がありません。家内に爪を切ってもらうのは、恐らく、脳腫瘍摘出手術後に視覚障害が激しく、自分で切ることができなかった時以来です。ありがたかったです。

その後、担当医のMY先生が病室に来ました。「白血球も戻ってきたので、翌週の月曜日にMRIでこれまでの抗がん剤治療(Hyper-CVAD/MA療法 1コース目のHyper-CVAD療法)の効果を見た上で、火曜日から2コース目のMA療法を始める予定です。MA療法で使う抗がん剤では、副作用で便秘になるようなことはないはずです」とのこと。

そして、「急展開ですが、次の治療が始まる前、つまりこの週末に、ご自宅に外泊できそうですよ!」とのこと。

これにはうれしかった反面、不安もありました。家でお腹が痛くなったりしたら、という心配もありましたが、それに加え、この時点ですでに体重が以前より10キロ減り、49キロになっていたので、体力的な心配もありました。

この日の夕飯は焼き豚でした。もう食べられるかな、と思ってトライしたのですが、食べるとやはりまだ胃がキリキリと痛みます。無理せず野菜を中心に食べました。キャベツの味噌汁と茄子のお浸しです。それでも食後は胃が痛くなったので、しばらく横になって休憩しました。

ただそれまでと違うのは、お腹が痛くなっても、しばらく横になって休めば痛みは治まるということ。少しずつよくなっていました。

◼︎2013年6月8日(土)。入院27日目。抗がん剤治療開始から19日目。

この日も腸の状態を確認するため、レントゲン撮影をしました。その結果を見たMY先生によると、以前に比べ便は減っているが、まだガスが多く溜まっているとのこと。今後は飲み薬でコントロールしていき、腸を動かす点滴はやめましょう、ということになり、点滴の針を抜いてもらいました。

その後、MY先生や看護師さんと相談しながら、また自分のお腹の具合を見ながら、便を柔らかくする薬(マグラックス)や下剤(ラキソベロン、アローゼン。腸を動かす薬)の量を試行錯誤で調整していくことになります。この試行錯誤は抗がん剤治療が終わるまで続きました。

この日も家内が来てくれました。以前のようなひどい胃腸の痛みはある程度落ち着いたものの、まだ痛みは残っており、本調子には程遠いため、家内はお腹のマッサージをしてくれました。その後トイレに行くと、今度は便秘とは逆に下痢のようになっていました。下剤等を飲み過ぎてしまっているようです。道理で胃ではなく腸がキリキリ痛むわけです。やはり注意して薬の量を調整する必要があります。

日々、自分の身体の状態、痛みの具合、お腹の調子はいろいろ変わりますが、それでも入院生活の中のイベントはがんばってこなしていかなければなりません。毎朝の体重測定、3度の食事、その後の薬、歯磨き、レントゲンやMRI等の検査等。痛くても、体力的に辛くても、やっていかねばなりません。そして夜になると、お腹の痛みに耐えながらがんばって寝ます。

とにかくこの頃は、一日一日、一つ一つ乗り越えて生きていくしかない、と思っていました。目の前のことをがんばって乗り越えていくだけで精一杯で、そこに自分の意志はありません。自分で何かを考える余裕はありません。何か体調に問題があったら、先生や看護師さんに報告して、あとは委ねるだけです。

ベッドに横になり、天井を見つめながら、そんなことを考えていました。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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