2017年07月25日

再入院しました/週末夜間の救急外来の大変さ

先週の7月17日月曜日に退院したばかりですが、早速、高熱を出して再入院しています。

体温計

先週月曜日に退院し、金曜日に退院後初めての外来診察で山本先生の診察を受けたのですが、そのときには全く問題ありませんでした。

その翌日の土曜日の夜、僕が「ちょっと部屋が寒いかな」とエアコンの設定を変えたら、「こんなに暑い日なのにおかしい」と思った妻が、「ちょっと熱を測ってみたら?」と言うので測ってみたところ、38.8度。これはまずいとすぐに虎の門病院に電話し、救急の看護師さんといろいろと話したところ、

「仮にいまお手持ちの解熱剤で一時的に熱が下がっても、きちんと検査をして原因を特定して対応しないと、また日曜日や月曜日に発熱してしまうかもしれません。それならば今日、病院に来てもらって早めにきちんと検査して対応したほうがよいと思います。

との話を聞き、確かに、と納得した上で、「でもその場合、入院の準備もしていったほうがいいですよね」と聞いたら、「そうですね」とのことで、妻とともに、片付けたばかりの入院用の荷物を急いでカバンに詰め込み、タクシーで病院へ向かいました。21時半頃に無事到着し、救急の窓口へ。

ベンチで問診票などを書いた(妻に書いてもらった)後、救急の処置室に案内され、ベッドに横に。採血や検尿、そして夜にも関わらずCTやレントゲン検査などを受けつつ、とりあえず水を点滴。ベッド脇の椅子に座った妻と、検査結果が出て、入院が決まり、入院病棟に案内されるのを待ちます。

でも、救急の当直医や看護師さんは、次々運び込まれる脳梗塞や急性アルコール中毒などの一刻を争うような患者さんの対応で忙しくされています。緊急度的にはあまり高くない発熱程度の僕は、ここで予想以上に待たされました。

結局、入院病棟の救急患者用の病室(5階)に入れたのは、1時半ころでした。21時半に病院に着いてから4時間が経過していました。妻は僕が病室に入るのを待たずに1時頃にタクシーで家に帰りました。

この4時間という待ち時間の間、僕は横になっていたのでまだいいのですが、寒い中、椅子に座って待っていた妻が少しかわいそうでした。


ただここである意味ラッキーだったのは、たまたまこの日、娘は妻の実家に一人でお泊りするということで不在だったこと。娘まで一緒に、寒い救急の処置室で4時間も待つことになったら大変です。かと言って病院から先に一人でタクシーで帰すわけにもいきません。

翌日曜日の朝、一般病棟に移りました。以前も入院していた6階です。そして昨日月曜日、今日火曜日と、入院生活を送っています。治療としては抗生剤を点滴していますが、月曜日にお話しできた担当医の湯淺先生によると、

発熱の原因ははっきりとは分かりませんが、1. 外出等による何らかの感染症、2. 以前からの膀胱炎のBKウイルスによる発熱、3. プレドニゾロン(ステロイド剤/免疫抑制効果あり)の内服を金曜日に終わりにしたことによるGVHDの発熱、のいずれかでしょう。でも、熱が下がったのは、抗生剤のお陰ではなくて、高山さんの体の力で自然と下がったんだと思いますよ。

とのことでした。

実際、すでに熱は平熱に下がっています。昨日は一時37度台前半に上がったときもありましたが。でも、だからといって明日退院、というわけにはいきません。退院してすぐまた熱を出して病院に再入院することのないよう、何日か様子を見て、大丈夫であれば退院の許可が下ります。

今回については、湯淺先生は、「水曜日の検査結果を見て、問題なければ、木曜日か金曜日に退院ですね。」とのこと。まあいつものことながら、焦ってもしょうがないので、ゆっくりやります。

また救急外来が大変だったという話をしたら、湯淺先生は、

平日の日中であれば、病院に私達もいるので、お電話いただければ直接お話しして「とりあえず処方してある解熱剤と抗生剤を飲んで、明日まで様子を見ましょう」とかいう判断もあり得るのですが、救急外来だと、当直の医師や看護師としては、高山さんの治療の経緯や熱の高さを見ると、慎重を期すため「とりあえず病院に来て検査しましょう」という判断をせざるを得ません。そして病院に来れば、熱があればそのまま入院になってしまいます。まあ、だからと言って熱が出るタイミングはコントロールできないので、難しいところではあるのですが。

とのことでした。妻とは、コントロールはできないとは言え、週末夜間の救急外来はできるだけ避けたいね、という話をしています。

さて今回の件で、やはりこの病気は退院後が大変だということが改めて分かりました。「元気に退院しても、すぐ熱を出したりして戻ってきちゃう患者さんもいるんですよ」と看護師さんから聞いていましたが、自分がそうなってみて、改めて今後、これまで以上に気をつけて生活しないと、と思いました。

特に今回、妻からも言われ、自分でもそうだなと自省しているのは、無理をし過ぎない、特に予定を入れ過ぎないということ。

実は発熱前日の金曜日は、午前中の外来診察のあと、午後に別の予定が入っていました。オーシャンブリッジOBの菅沼君が、現在住んでいるオランダから久しぶりに帰国するので、ぜひお会いしたいですと連絡をくれ、家の近くのカフェカルディに来てくれる約束をしていたのです。

このタイミングを逃すと次にいつ会えるか分かりませんし、オーシャンブリッジOBの海外での活躍の様子をぜひ聞きたいと思っていたので、「病院の後だとちょっと大変かな・・・」と思いつつも、予定通り会いました。

菅沼君と会って話しているときも、その後帰宅した後も、体調は問題ありませんでした。でも、その無理が翌日になって出た、という形でしょう。

だから妻とは、「今後は一日二つ以上の予定は入れないこと。」という約束をしました。

それにしても、本当にこの病気は退院後もいろいろあって大変ですね。実際は、退院前からいろいろあったわけですが・・・改めてそれを認識しました。

P.S. 菅沼君、これを読んでくれぐれも自分が悪かったなんて思わないように。君が悪いわけではありません。オランダでのビジネスの話など、非常に興味深く、僕にとっても楽しくうれしい時間でしたから。わざわざ来てくれてありがとう。楽しかったです。

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プロフィール

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校→早稲田大学 政経学部→アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ→Web関連ベンチャー→(株)オーシャンブリッジ設立・代表取締役社長就任→現在、同社ファウンダー。横浜市綱島在住。趣味はおりがみ。2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)摘出手術を受けました。2013年5月から7ヶ月間入院して急性リンパ性白血病の抗がん剤治療を受けました。帯状疱疹後神経痛も。2016年10月にがんから卒業しました。2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病の闘病に入りました。

メール: nori.tkym[at]gmail.com

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