2012年08月15日

夏休みで宮崎へ/開頭手術後初の飛行機搭乗

先日、夏休みを取って、奥さんの両親の出身地である宮崎に行ってきました。

海

今回、娘にとっては初めての飛行機旅行でした。そして僕も、昨年9月の退院後初の飛行機搭乗でした。

実は手術前にちょっと気になっていたのが、脳腫瘍摘出のための開頭手術を経験してしまうと、飛行機に乗れなくなってしまうのではないか?ということ。一度手術で頭蓋骨を開けてしまうと、気圧の変化の大きい飛行機には乗れなくなってしまうのではという心配です。仕事柄、海外出張ができなくなってしまうのはちょっと困ります。

そのため入院中に主治医の先生に聞いてみたところ、「術後しばらくすれば大丈夫ですよ」とのこと。そして「いきなり欧米などへの長距離便に乗るのではなく、国内など近いところから少しずつ距離を伸ばしていってくださいね」と言われました。

僕は入院中から、退院したらやりたいことの一つとして、「夏の宮崎に家族で行く」ということを挙げていました。入院中にお世話になった看護師さんの中に、たまたま宮崎出身の方が何名かいて、「実は義理の両親も宮崎出身で」などと話しているうちに、何年か前に連れて行ってもらった夏の宮崎を思い出し、退院したら絶対家族で行こう、と決めていました。

そういうわけで、この夏の宮崎旅行が、退院後初の飛行機搭乗になりました。旅行に出る直前の病院での診察では、先生から「本当は術後に最初に乗る飛行機は大型機の方が、気圧の変化や揺れなどが少ないからより安心なんですけどね。でも宮崎便だとあまり大きな飛行機じゃないかな」と言われていました。

でも実際乗ってみたら、全く問題はありませんでした。気圧の変化で頭痛がするようなことも、気分が悪くなるようなことも、全くありませんでした。これで今後の海外出張復活にも一歩近づきました。

娘も初めての飛行機で、離陸のときだけは少し怖かったようですが、問題ありませんでした。キャビンアテンダントの方がくださったおみやげの飛行機のおもちゃが非常に気に入ったようで、喜んで振り回していました(笑)。

夕暮れの海

宮崎では、娘が初めての海水浴を体験しました。浅瀬で奥さんと一緒にちゃぷちゃぷしただけでしたが、プールとは違う自然の波が怖くもありおもしろくもあったようで、水しぶきを浴びながら、キャッキャ言って楽しんでいました。またイルカショーでイルカさんにタッチしたのもうれしかったようです。

島々

夜は義父の行きつけのお店などで、新鮮なお刺身や、地鶏料理、そして芋焼酎の松露をいただきました。

やはり刺身も酒も、地元で食べて飲むのが一番おいしいですよね。

ちなみに松露は、義父の出身地、宮崎県串間市の芋焼酎です。僕が最も好きな芋焼酎の一つです。高山家はいつも箱で購入して送ってもらっています(笑)。

その他、都井岬で野生馬を見たり、鵜戸神宮にお参りして娘が無事に生まれて元気に成長していることをご報告したり、親族で集まったりと、毎日盛りだくさんの夏休みでした。車であちこち案内してくれた義父には本当に感謝です。ありがとうございました。

今日の海

  • にほんブログ村 病気ブログ 白血病へ
  • にほんブログ村 病気ブログ 悪性リンパ腫へ
  • にほんブログ村 病気ブログ 脳腫瘍へ

★闘病記ブログランキングに参加しています。上の病名ボタンをクリックしてくださると、ランキングが上昇し、より多くのがん患者さんに僕の闘病記が届きます。よろしければクリックしてくださるとうれしく思います。3回のがんをがんを乗り越えた経験が、一人でも多くの患者さんに届きますように…

このエントリーをはてなブックマークに追加

【投稿者】nori 【コメント】コメント (4)

この記事と同じカテゴリーの記事はこちら

Facebookを利用してコメント

コメント

コメントの投稿は上記のFacebookのコメント投稿欄からどうぞ。投稿されたコメントは同欄に表示されます。2015/06/09よりコメントはFacebook経由でのみ受け付けています。下記欄に表示されるコメントはそれ以前のコメントです。

投稿者 こうちゃん361 : 2012年8月22日 11:47

素晴らしいご復帰の旅で、読んでいて嬉しくなりました。

私の場合には、連続して8クールの抗がん剤投与が終わった次の月にタイへの出張が治療後最初の飛行機でした。相手先からの要請があったのを「抗がん剤が終わるまで」とお願いして先延ばしにしていたものです。お医者さんはもちろん「もう少し延ばせませんか?」と言われていました。家内は「負担が大きいだろうから自腹でもビジネスクラスにしたら?」と言ってくれたのですが、とりあえずエコノミーで行きました。問題は当時の名古屋からの便では深夜の出発しかなく、身体への負担が大きいということで前の日に出て次の日はホテルで休養しました。しかも衛生事情が良くないので、白血球が安定ていない時期であったこともあり、食べ物には注意を払いました。

それから何度となく行ったタイですが、やはり今から考えるとあの時期の出張は無謀だったように思います。高山さんのように少しずつ自分のペースを守りながら行動範囲を広げることが大切なのでしょう。あの頃はまだその辺が分かっていなかったですね。

投稿者 オーシャンブリッジ高山 : 2012年8月22日 14:41

いつもコメントありがとうございます!
治療終了直後の海外出張、しかも行き先がタイとは、大変でしたね。。。僕はまだちょっと海外出張に出る勇気はありません。でも近い将来には復活しなければなりませんが。。。
おっしゃる通り、少しずつできる範囲を広げていければと思っています。

投稿者 のりこ : 2012年8月27日 23:06

はじめまして

しばらく脳腫瘍から遠ざかっていましたが

24時間テレビの影響もあってか

何かせずにられなくなりこのブログにたどり着きました

あたしはダンナを4年前にグリオーマで亡くしました

高山さんが元気で居てくれますように^^
思っています
最愛のご家族の皆様のためにも^^

投稿者 オーシャンブリッジ高山 : 2012年8月28日 18:45

のりこさん、コメントありがとうございます!
ご主人もグリオーマだったんですね。
闘病中はご家族も大変だったことと思います。

僕も家族の支えのお陰で今があります。
これからも一日一日を大切に生きていきたいと思います。
重ね重ね、コメントありがとうございました!

高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

主なカテゴリー

過去の記事

2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

記事の検索

こんなソフトを販売しています

リンク

その他のリンク

  • にほんブログ村 病気ブログ 白血病へ
  • にほんブログ村 病気ブログ 悪性リンパ腫へ
  • にほんブログ村 病気ブログ 脳腫瘍へ