2014年01月15日

白血病・悪性リンパ腫闘病記(1):MRIで腫瘍が見つかりショックを受ける

お正月も明けて、少し落ち着いてきましたので、少しずつ白血病・悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ腫)の闘病記を書いていこうかと思います。

とはいえ、僕は先週始まった放射線治療のために、来月上旬まで平日は毎日、虎の門病院に通院しています。まだまだ体力・脚力もリハビリで回復途中のため、病院に行って帰ってくるだけで、非常に消耗します。ですから更新ペースはゆっくりになるかと思います・・・ご了承ください。

身体に異変を感じたのは、2013年3月頃でした。

この3月は、特に新規事業の立ち上げのために、僕自身が忙しく動きまわっていました。国際的な産学連携で進めている、オンラインで認知行動療法プログラムを提供するメンタルヘルスのプロジェクトに関し、提携先の英国エクセター大学の教授陣が来日し、東京大学が主催のワークショップが開催されました。ワークショップは3月19、20日の2日間でした。僕も最初から最後まで参加しました。このワークショップと前後して、僕は両大学の教授たちとミーティングを重ね、本プロジェクトの進め方について議論を続けていました。

このワークショップが終わった時に、「ちょっと椅子が硬くて、お尻が痛いな」と、同じく参加した家内に話したのを覚えています。今になってみると、お尻が痛くなった理由は、椅子の硬さだけではありませんでした。

この時期の様子は当時のブログにも書かれています。

▼日英そして産学の架け橋に/会って話して腹を割って信頼関係を深めることの大切さ : オーシャンブリッジ高山のブログ

また同じ3月には、オーシャンブリッジの海外提携先であるスロベニアのXLAB社の社長、Jure(ユーレ)も来日しました。それも、スロベニア共和国のボルト・パホル大統領の来日に伴う使節団の一員としての来日でした。日本に進出しているスロベニア企業の提携先の代表ということで、僕も大統領の来日イベントに多数お声がけいただき、参加させていただきました。

この大統領来日についても、当時のブログに書かれています。

▼来日したスロヴェニア共和国ボルト・パホル大統領の強さと優しさ : オーシャンブリッジ高山のブログ

さらに、翌2013年4月に発行される日経ビジネスに、僕と東京女子医科大学病院 脳神経外科の村垣善浩教授(僕の脳腫瘍の主治医)のインタビューが掲載されました。このインタビューを受けたのも3月でした。

▼日経ビジネス「あなたを救う病院」に僕の脳腫瘍体験談が掲載。東京女子医大 村垣教授との写真も。 : オーシャンブリッジ高山のブログ

(ちなみに、この特集記事「あなたを救う病院」内に掲載されていた病院ランキングの一位は、後にこの腫瘍の治療を受けることになる虎の門病院でした。この記事を見た時には、その数週間後に自分が入院することになるとは思いもよりませんでした。)

また、3月といえばオーシャンブリッジの決算月です。日常業務も忙しくなる時期です。期末の様子もブログに書いていました。

今年度は、昨年度よりも会社に出る日も増えました。今はほぼ毎日出社しています。本当は週1日くらいは家で仕事をしたいところですが、なかなかそうもいかなくなってきています。

▼2012年度が終了し、一年間の自分の回復を実感する : オーシャンブリッジ高山のブログ

そんな中、左足の付け根、つまり左のお尻の痛みは徐々に強くなってきました。日常的な痛みに加え、時折、発作的に強烈な痛みが左足全体に走ります。道を歩いている時に急に痛くなり、びっこを引いて歩いたりもしていました。

当時はこの痛みは腰痛からくるものと勘違いしており、会社の椅子を腰痛にいい高機能なものに変えたりもしました(結局その椅子にはほとんど座ることなく入院することになります)。

4月に入っても、痛みは治まりません。そして、忘れもしない4月5日。

友人との飲み会で門前仲町に行き、その帰りに家の近くにある行きつけのNamak Cafeに寄りました。マスターのシンさんとひとしきり話してから、徒歩で帰宅する途中、発作的な痛みが来ました。「あ、来たな」と思ったら、それまでで最高の痛みとなり、立っていられない状態になりました。その辺の塀に寄りかかり、数分我慢したんですが、なかなか痛みは弱まりません。無理やり左足を引きずり、「痛い痛い」と声を出しながら家までなんとかたどり着きました。

家に帰っても痛みは治まらず、床に倒れこんでのたうち回りながら痛みを耐えました。この頃の痛みは本当に激しく、一旦発作的に痛みが出たら、2時間ほどは治まりません。しかも痛みの程度は10段階で言ったら10。それまで経験したこともない、ものすごい激痛です(ちなみに脳腫瘍摘出手術の直後、意識を取り戻した後にICUで看護師さんから「痛みの程度は10段階でいくつ?」と聞かれた僕は、7〜8と答えています)。治まるまでの間は、とにかく耐えるしかなく、本当にどうしようもありません。この頃は本当に辛かったです。

前述のように、当時はこの痛みは腰痛からくるものだと考えていたため、この発作の翌日の4月13日(土)に、家の近所の整形外科に行きました。しかし、レントゲンを撮って、「骨には異常はないですね。椎間板ヘルニアではありません。もししばらく様子を見ても治らなければ、別の大きな病院を紹介するのでMRIを撮ったほうがいいですね」と言われました。

そう言われても、毎日痛みの発作は来ます。何とか治せないかとその週末には整体に行きました。でももちろん、整体で腰やお尻の患部を揉んでも痛みは治まりません。今になってみると、このときに整体で患部を激しく揉んだことはまずかったのでは・・・と若干後悔しています。

この週末が明けて火曜日に、タイミングのいいことに、東京女子医科大学病院での定期診察がありました。脳腫瘍摘出手術のフォローアップのための月一回の診察です。この日の放射線科のKM先生の診察の際に、「実は最近、左足が痛いんです」と言ったところ、「じゃあMRIを撮りましょう」と早速MRIの予約を取ってくれました。予約は2日後の4月11日(木)です。その日はKM先生も脳神経外科の主治医の先生もいないということで、そのMRIの結果に基づく診察は、同日のMRIの直後に、脳神経外科の外来担当のN先生が担当してくださることとなりました。

2日後の2013年4月11日(木)、MRI検査の当日。痛みのため、とても電車には乗れず、タクシーで病院に向かいます。タクシーの中でも痛みが出ないように左足をいたわって座ります。MRI検査は数十分の間、動かずに横になっている必要があります。その間に痛みの発作が出てしまったら・・・と本当に心配しながら病院に行きました。

なんとか病院に着き、痛みが出ないようにと焦りながら受付を済ませ、MRI検査室へ。そして、なんとか無事にMRI検査を終えることができました。幸いにして発作が出ることはなく、検査中にベッドの上でのたうち回るようなことにはなりませんでした。

その後、外来担当のN先生の診察へ。早速、先ほどのMRIの画像を見せていただいて、ビックリしました。背骨の一番下の仙骨の左側のあたりに、大きな腫瘍らしきものが写っていました。久しぶりにショックを受けました。

N先生いわく、「この画像だけでは、この腫瘍が何なのかは分からない、もう少しいろいろ検査してみないと」とのこと。早速、翌週の16日(火)にCTの予約を入れ、その直後に脳神経外科の主治医のTM先生の診察の予約を入れてくれました。その後、放射線科のKM先生との相談により、その翌日の4月17日(水)にはPET検査を行うことになりました。

痛みについては痛み止めの薬を処方してもらいました。痛みの原因は、仙骨から左足に出ている神経を、腫瘍が圧迫していることでした。

このMRIの結果を聞いた帰り道のタクシーでも、MRI画像を見た時のショックは消えず、その後の命のことをいろいろと考えてしまいました。2年前に脳腫瘍が見つかったときと同様に、自分の命はこれからどうなるんだろう、娘の20歳の誕生日まで生きていることができるだろうか、と考えてしまいました。

・・・というところで、長くなりましたので、続きはまた改めて。


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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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