2014年01月10日

退院後初の外来診察、7ヶ月ぶりの電車、視覚障害のリハビリ

お正月が明け、今週は毎日のように虎の門病院に行っていました。

まず1月6日(月)は、今日10日(金)から始まる放射線治療の治療計画作成のためのCTの撮影とマーキング(体にペンで線を描く)でした。

まだまだ脚力、体力に不安があるため、電車は避け、タクシーで病院へ。放射線科で滞りなくCTとマーキングが終了。

ひと通り終わってから、タクシーでオーシャンブリッジのオフィスへ。サプライズで、仕事始めのみんなに会ってきました。ついでに新社長の持木君とミーティング。第3四半期の業績と第4四半期の見通し、そして方針について報告を受けました。同時に、それを聞いていて思いついた新事業のアイディアを伝えておきました。

その後、みんなは神社に初詣に、そしてその後は新年会に出かけていきました。僕はみんなと分かれて、タクシーで綱島へ。駅前でラーメンを食べてから徒歩で帰ったんですが、これが疲れてしまって大変でした。フラフラしながらなんとか家には帰り着いたものの、寝転がって休んでいたら、帯状疱疹の痛みが強くなってどうにもなりません。痛み止め(医療用麻薬)を飲んでも効かず、珍しく(退院後は初めて)もう一包追加で飲んで、ようやく痛みは我慢できるレベルに落ち着きました。

考えてみると、持木君とのミーティング中から痛みが強くなってきていました。まだ仕事をする身体ではない、まだ早いから焦るな、ということかもしれません。ゆっくりやっていきます。


そして一日おいて1月8日(水)は、昨年12月19日(木)に退院して以来、初めての外来診察日で、病院に行ってきました。病院に着いて、まずは採血。白血病・悪性リンパ腫は血液の病気のため、その状態を見るために、血液検査は不可欠です。朝だったため、採血の待ち合いスペースはたくさんの人で混み合っていました。20分強待って、ようやく自分の順番がきました。

採血後、主治医のGY先生の診察室へ。診察室の前でしばらく待ちます。どうやらこれは、前の患者さんの診察が終わるのを待っているというより、血液検査の結果が出るのを待っていたという感じ。採血終了から一時間ほどした頃に呼ばれて、診察室へ。GY先生にお会いするのは退院した日以来です。GY先生によると、血液検査の結果、白血球の数値がまだ1700と低く、これはやはり長く抗がん剤治療をしたため、回復に時間がかかっているようだとのこと。

僕の方からはGY先生に、薬を減らす相談をしました。抗がん剤治療中、白血球が減って抵抗力が下がったときに飲み始めた、感染を予防するための抗生剤のいくつかをやめてもいいのでは、とご相談しました。その結果、抗真菌剤のイトリゾールと、抗アレルギー薬のアレロックの服用をやめることになりました。これは助かりました。

特にイトリゾールはどろっとした液体の薬で、味が非常に不味く、飲むと胃が気持ち悪くなるレベルです。さらに飲むタイミングも他の薬のように食後ではなく、この薬だけ空腹時(11時等)と、非常に面倒くさい薬でした。これがなくなったのは助かりました。

逆に、薬を増やすご相談もしました。背中や脇の下に残る帯状疱疹の痛みを抑えるための痛み止めの薬であるリリカについて、逆に増量をお願いしました。最近、また痛みが強くなることが多く、痛みが激しい時に飲む頓服用の痛み止めであるオキノーム(医療用麻薬)を一日に1〜2回飲む日が多くなっていました。そのため、朝食と夕食の後に定期的に飲んでいる痛み止めのリリカの服用量を75mgから100mg(75mgのカプセル+25mgのカプセル)に増やしてもらいました。これが効いて、痛みが強くなることが減ってくれればと思います。痛くなると本当に何もできなくなり、どうしようもないので・・・。

診察後、会計や院内処方の薬の受け取りなどを済ませ、この日のひと通りの予定は終了。体調も悪くなかったため、久しぶりに電車に乗って帰ってみようと思い立ち、綱島まで乗り換えが一回で行ける南北線に乗るため、虎の門病院から溜池山王の駅を目指して歩きました。今の僕の脚で15分くらいでしょうか。多分普通の大人の脚だと10分ほど。途中の中華料理屋でランチ(かに肉あんかけチャーハン)をしつつ溜池山王駅付近へ。

階段の上り下りは今の脚力ではまだ難しいため、駅近くのビルに隣接した地下鉄入り口にエスカレーターを見つけ、改札へ。改札を抜けて、ホーム階へはまた下に下りる必要があるため、今度はエレベーターへ。階段が使えないと駅付近ではいろいろと遠回りが増えます。この点、子どもを持つお母さんと同じような感覚かも知れません。

ホームでは足元がふらつくと危ないと思っていたのですが、南北線はホームの端の線路際に柵というか壁というかが設置してあるため、よろけてホームに落ちる心配もなく安心して歩けました。無事に南北線に乗り込み、時間帯もラッシュから外れていたため無事に空いている席に座ることができ、途中日吉駅で電車を乗り換え、無事に隣の綱島に帰ってくることができました。

綱島駅からは徒歩で家へ。家の近くまで歩いてくると、脚がフラフラになりますが、何とか無事に帰宅することができました。

ただ、今回久しぶりに人通りが多い道や駅構内を歩いてみて、脚力や足元のフラつきの問題もあるけれど、それ以上に、2年前の脳腫瘍摘出手術の後遺症である視覚障害(視野の左下部分が見えない)の方が問題だということが分かりました。人通りの多い横断歩道や駅構内を歩くと、どうしても視覚障害で見えていない左側にいる人にぶつかってしまいます。混みあった病院の外来病棟でも何度も他の患者さんにぶつかってしまいました。

視覚障害については、手術後に独自のリハビリ(PCのExcel上で実施)である程度回復していたんですが、今回の7ヶ月の入院中はほとんどリハビリに取り組めていなかったため、以前のリハビリで回復して見えるようになっていた部分が退化して、元の見えない状態に戻ってしまったような感覚です。視覚障害のリハビリ再開は、体力、脚力の回復と合わせて、今後の取り組み課題ですね。

体力、脚力については、日々順調に回復しています。そのお陰で電車に乗って病院から帰ってくることができました。その中で気づいたことが一点。歩いているうちに足が疲れてきても、あまり「疲れた」という実感はなく、ただ単に足が前に出なくなる、頭で考えたようには足が動かなくなる、ということです。これは不思議な感覚でした。大体、普通の足で片道10分かかるところを往復すると(今の僕の足で片道15分)、その最後の方で、このように疲れて足が動かなくなり、歩くのが非常に困難になります。自分では足が疲れたという実感はないのに。一日の歩く量をうまく調整しながらやっていきたいと思います。


その翌日、つまり昨日1月9日(木)は、放射線科にて放射線治療のマーキング(2回目)と治療の説明のために病院に行くことになっていました。

そんな中、主治医のGY先生の診察を受けた前日8日の夜、GY先生から電話があり、「診察後に出た血液検査の結果、白血球だけではなく好中球も値が低い」とのこと。「抗がん剤治療の中で分子標的薬のリツキサンを点滴した場合に、しばらく後にこうして血球の値が下がる人が1〜2割程度いる」とのことで、「それほど心配することはないが、一応、白血球を増やす注射を打ちましょう」ということで、急遽翌9日に、注射を打ち、その次の10日に血液検査と診察をすることになりました。

そのため、9日は病院について、まず内科処置室でノイトロジンの注射を打ちました。白血球を増やす薬です。その後放射線科に行って、マーキングをしてもらい、先生から放射線治療の説明を受けました。

その後、また電車に乗って綱島まで帰ってきました。この日は奥さんと一緒だったため、つかまって歩くことができ、少し安心でした。

今日10日(金)は、4週間にわたる放射線治療の初日ということで、病院に行ってきました。放射線治療の前に、前述の理由でまず採血。その後放射線科に行き、一回目の放射線治療。これは予定通り10分ほどで終了。

その後内科処置室へ移動し、主治医のGY先生に、今日の血液検査の結果を受けてお話を聞きました。結果としては昨日のノイトロジン注射の効果が出て、白血球と好中球の数も増えてきたため、次はまた連休明けの14日(火)にノイトロジンの注射と血液検査をすることになりました。

もしかして、心配なのでまた入院・・・となるのではと恐れたのですが、それはなく、ひと安心でした。

そして今日も、電車に乗って帰ってきました。ランチはインドカレー。

連日の電車移動により、ちょっと体を酷使して疲れが出ている感じもあるので、この連休はゆっくりしたいと思います。まあ連休に限らず、自宅療養中の今は常にゆっくりしていればいいのですが、今日から4週間は、月〜金の平日は毎日、放射線治療のために病院に行くことになるため、なかなかゆっくりする余裕がありません。病院に行って帰ってくるだけでもいろいろ疲れますからね。

病院のない連休はできるだけ体力回復に努めたいと思います。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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