2011年12月13日

18日ぶりの我が家は病室と何が違う?(経緯17)

手術から11日が経過した7月15日(金)の夕方、初めての外泊で自宅に帰りました。こんなに早く家に帰れるまでに回復するとは思わなかったので、うれしいと同時に、おっかなびっくりという感じでした。

仕事帰りの奥さんが迎えに来てくれて、一緒にタクシーで家まで帰りました。

病棟のエレベーターの前で、担当看護師のKさん(癒し系)との別れ際に、「家に帰ってもお酒は飲み過ぎないように注意します」と言ったら、「え!お酒は飲んじゃダメに決まってるじゃないですか!お酒を飲むと脳がむくんでけいれん発作のリスクが高くなるんですよ!絶対に飲んじゃダメですよ!!!」といつものかわいらしい調子ではなく厳しい調子でたしなめられてしまいました・・・。

でも、家に帰ったら飲んでもいいと、その時までは本当に思っていました。病院でも食事制限は一切ありませんでしたから(もちろんアルコールは出ませんが)。アルコールは禁止だということに、病院を出る前に気付いてよかったです。危なかった・・・。

タクシーに乗ってしばらくは窓の外を見ていたのですが、流れていく風景を見ていたら、次第に気分が悪くなってきて、その後は家に着くまで目を閉じていました。めまぐるしく変わる風景に、脳の視覚野(僕の脳腫瘍があった場所)の処理が追いついていない感じでした。

この頃、毎週金曜日には義理の母が自宅に来て、娘の面倒を見てくれていました。この日は義理の父も来てくれていました。僕たちがタクシーで家に着いて、みんなが待っているリビングのドアを開けて、「ただいまー」と部屋に入ると、娘は僕の顔を見るなり言葉にならない歓声を上げて、すごい勢いでハイハイをして突進してきました。あまりの喜びように、うれしくて涙ぐんでしまいました。

18日ぶりの我が家は、やはり想像以上によかったです。

実は女子医大での入院生活は非常に快適で居心地がよく、また看護師さんたちもやさしく気持ちの良い方ばかりで会話も楽しく、特に術後の痛みが治まってきたこの頃には、楽しく快適に過ごせるようになっていました。

それでもやはり、自宅のほうがいいです(当たり前ですが)。具体的に何がいいかというと:

いつも奥さんと娘が一緒にいる。
家族以外は誰もいない。
人の声がしない。
突然カーテンが開いて、看護師さんや先生やお見舞いのお客さんが来ることがない。
ご飯がおいしい(病院食も意外と悪くないが奥さんの手料理が一番)。
ノンアルコールビールが気兼ねなく飲める。
食事の時間が自由。
トイレやお風呂は家族専用できれい。
お風呂は予約しなくてもいつでも入れる。
歯ブラシや歯磨き粉や洗顔フォームやタオルは、いちいちその都度洗面所に持っていかなくてもいい。
イヤフォンなしで音楽が聞ける。
家族で一緒にテレビが見られる(ちょうどなでしこジャパンのワールドカップの頃だったため)。
寝る時間も起きる時間も自由。

改めてこうやって列記してみると、快適だったとは言え、こうした制約の中で入院生活を送っていたということに気付きます。

さて、家に着いて娘と再会した後は、頭が痛かったので少し横になりました。先ほどの流れる風景に脳がついていけなかったための頭痛と思われます。

義理の両親は僕らが着いてすぐに帰ったため、夕飯は家族3人で食べました。久しぶりのお寿司とお刺身でした。病院では生物が出ないため、久しぶりでおいしかったです。

久しぶりの自宅での週末は、音楽を聞いたり、本を読んだり、娘と遊んだり、家族で散歩したりして過ごしました。このとき、術後初めて本を一冊通読しました。読んだのはこの本「脳損傷による視覚障害のリハビリテーション」です。

この頃は、とにかく視覚障害を回復させたいと思い、視覚の仕組みや、脳の認知機能、脳の可塑性、認知障害のリハビリテーションなどについて、iPadを使ってネットで調べたり、奥さんに図書館で本を探してもらったりしていました。この本も、奥さんが探して買ってきてくれた本です。

相変わらず視野の左のほうが見えない状態ではありましたが、横書きの本の場合、視線を左右に頻繁に動かせば、なんとか読めるということが分かりました。スピードは遅いのですが。でも脳そのものは、それほど疲れた感じはしませんでした。術後しばらくはiPhoneでTwitterなどをやると、脳が疲れて頭痛がしたりしていましたが、この日は大丈夫でした。少しずつ脳や眼が順応してきているのを感じました。

またiPhoneやiPadのゲームを視覚障害のリハビリに使えないかといろいろ模索していました。サッカーゲームのウイニングイレブンや、また娘用にダウンロードした赤ちゃん用アプリ(BabyTap)なども試してみました。

家に帰って三日目の日曜日の夕方には、オーシャンブリッジ最古参社員(笑)で同じ綱島在住のみやポンが、わざわざひまわりの花束を家に届けにきてくれました。突然来てくれたのでビックリしたと同時に、外泊と聞いてすぐに飛んできてくれた気遣いが本当にうれしかったです。

日曜日の夜も家で奥さんの手料理を家族三人で食べました。スペイン風オムレツ、マカロニグラタン、ラタトゥイユです。
スペイン風オムレツ、マカロニグラタン、ラタトゥイユ

そして週末が明けて7月18日(月・祝)の夕方、家を出て、後ろ髪をひかれながらタクシーで病院に戻りました。また奥さんと娘がついてきてくれました。二人は僕を病室に送り届けたあと、そのまま電車を乗り継いで病院から綱島まで戻りました。わざわざついて来てくれてありがたいと同時に申し訳なかったです。

病室について、改めて周囲を見回してみて、この外泊でまた視覚障害が少し回復している気がしました。激しかった残像が減り、視野が少し拡大した感じがしました。自宅までの移動や散歩、テレビでのサッカー観戦、ゲームなど、いろいろな視覚的刺激を受けたのがよかったように思います。

ただ、この頃はまだ、テレビでなでしこジャパンの澤選手のゴールシーンを見ても、どこからボールが来てどういうキックでどうゴールを決めたのかは、よく理解できませんでした。目に映る選手の左側のほうがよく見えないため(半側空間無視的な症状)、プレーがよく分かりません。それでも、世間で盛り上がっているなでしこジャパンの試合を家族で見ることができ、雰囲気が味わえたのは楽しかったです。

ちなみに、病室のベッドの上にかけていたメッシのサイン入りユニフォームは、外泊のたびに持ち帰っていました。高山家の家宝ですので(笑)。

  • にほんブログ村 病気ブログ 白血病へ
  • にほんブログ村 病気ブログ 悪性リンパ腫へ
  • にほんブログ村 病気ブログ 脳腫瘍へ

★闘病記ブログランキングに参加しています。上の病名ボタンをクリックしてくださると、ランキングが上昇し、より多くのがん患者さんに僕の闘病記が届きます。よろしければクリックしてくださるとうれしく思います。3回のがんをがんを乗り越えた経験が、一人でも多くの患者さんに届きますように…

このエントリーをはてなブックマークに追加

【投稿者】nori 【コメント】コメント (2)

この記事と同じカテゴリーの記事はこちら

Facebookを利用してコメント

コメント

コメントの投稿は上記のFacebookのコメント投稿欄からどうぞ。投稿されたコメントは同欄に表示されます。2015/06/09よりコメントはFacebook経由でのみ受け付けています。下記欄に表示されるコメントはそれ以前のコメントです。

投稿者 雪女 : 2012年12月20日 10:14

こんにちは。そして初めまして。とても、参考になります。私自身も、良性髄膜腫もちです。(笑)もう、発見して一年以上たちます。検査も受けています。場所的に右目に異常がくるそうです。今まで大した変化を感んじる事なくきましたが、今朝、右目に違和感を感じたのです。怖い、と、素直に思いました。グリオーマではないですが、どんな風になり、みんなどんな風にしてきてるのか、やはり切るのか・・・、と、頭の中グルグルです。誰にも言えず、苦しいです。子供がいるので、頑張らなくては・・・です。ありがとございました!!

投稿者 オーシャンブリッジ高山 : 2012年12月20日 18:00

雪女さん、こちらこそ初めまして。
コメントいただきありがとうございます。

病気があるといろいろ不安になりますよね。僕の場合は、病気が見つかってから2週間後には入院しその1週間後に手術でしたので、ある意味あたふたバタバタしているうちに摘出されてしまったようなところもあるのですが・・・(笑)。

僕は腫瘍が後頭葉右上にあったため、視野左下に視覚障害が起きていて、今でも見えにくいんですが、まあそれでも普通に生活し仕事もしていますので、何とかなるものです!(笑)もし手術をすることになったとしても、麻酔で寝ているうちに終わるので大丈夫です!(笑)

お互い子どももいることですし、前向きにがんばりましょう!
またいつでもコメントください!

高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

主なカテゴリー

過去の記事

2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

記事の検索

こんなソフトを販売しています

リンク

その他のリンク

  • にほんブログ村 病気ブログ 白血病へ
  • にほんブログ村 病気ブログ 悪性リンパ腫へ
  • にほんブログ村 病気ブログ 脳腫瘍へ