2014年03月27日

無菌病棟では子供もマスクとガウンを着用/主治医から治療に関する説明:白血病・悪性リンパ腫闘病記(10)

前回の闘病記からの続きです。

2013年5月16日。入院4日目の大きなイベントは、夕方に予定されている、先生からの今後の治療方針に関する説明です。家族も同席することになっていました。

朝は、担当医のMY先生が来て、前日の髄液検査でもリンパ腫の細胞は見つからなかった、とのこと。前々日の骨髄検査でもリンパ腫の細胞は見つからなかったため、基本的にリンパ腫は仙骨脇に限局しているとのことでした。

その後、主治医のGY先生が他の先生たちと回診にいらしたときにも、「骨髄検査も髄液検査も問題なかった」、と言ってくださいました。少し安心しました。

そうこうしているうちに、なぜか熱が38.2度に上がり、急遽採血や胸のレントゲン撮影などをやりました。さらに、もともと予定されていた心臓エコー検査もやりました。

そして15時頃、家内と娘がお見舞いに来てくれました。

僕が入院していたのは無菌病棟のため、子供でも、病棟に入る際にはマスクとガウンを着用し、手を消毒します。

無菌室では子どももガウンとマスクを着用します。

マスクは病棟に用意されている大人用のものではなく、別途用意した子供用のマスクをしていましたが、マスクもガウンも病棟に用意されている大人用のものを使いました。ガウンは大人用のものを着て、家内が裾を切ったり巻き上げたりしてあげていました。マスクは耳にかけるゴムを二重にかけて短くして使っていました。

無菌室では子どももガウンとマスクを着用します。

やはり一人で個室の病室にいるのは寂しいものです。娘と家内が来てくれて、病室が一気に明るくなりました。特に当時3歳だった娘には、病気に負けないパワーをもらいました。

その後の夕方には、先生からのお話がありました。小さな会議室のような部屋で、主治医のGY先生、担当医のMY先生のお話を、家族で聞きました。娘もいい子にしてくれていました。

先生からは、まず、次のような話がありました。

最近行った骨髄検査などの検査については、特に問題はありませんでしたが、すごくいい情報があるというわけでもありません。ですから予後も、一般的に言われる五年生存率30〜40%ということで変わりはありません。でも治療は患者一人一人で違ってきます。一つ一つのタイミングで最善の選択をしていきましょう。

とのこと。これから治療が進むに連れて、一つ一つ最善の選択をしていけば、きっと生存する40%に入れるはず、と考えました。

さらに、具体的な治療については、紙に図を描きながら丁寧に説明してくださいました。簡単にまとめると以下のような内容でした。

病名はB細胞性リンパ芽球性リンパ腫ですが、がん細胞自体は急性リンパ性白血病と同じものです。ですから、治療も急性リンパ性白血病と同じ「Hyper-CVAD/MA」(ハイパーシーヴァッド エムエー)という抗がん剤治療を行います。全部で6コースまたは8コースやります。1コースで約4週間ですので、6コースで半年ほどかかります。ただ、コースとコースの間には自宅での外泊も可能です。

とのこと。さすがに半年の入院は長いなと思いましたが、途中で外泊ができると聞き、それなら何とか乗り切れるかな、と思いました。

そして、

造血幹細胞移植が必要かどうかも、1コース終わって様子を見てから判断しましょう。骨髄バンクに登録するかどうかもその時に決めましょう。

という話もありました。この時には深く考えていませんでしたが、治療が進むに連れ、この移植の要否については、その後かなり先生と議論することになります。

先生のお話が一通り終わり、こちらからもいろいろ質問させていただいて、この時間は終わりとなりました。小一時間も話していたように思います。先生方もお忙しい中、長い時間をとって丁寧に説明してくださって、ありがたく思いました。

その後、家族で一旦病室に戻ってから、家内と娘は帰って行きました。

帰り際、エレベーターホールで、娘が「三人で手をつなご!」と言うので、娘と家内と三人で手をつないで輪になりました。そして「ジャンプ、ジャンプ!」と言うので、みんなでジャンプしました。

これでまた、これからの治療に向かうパワーを娘からもらいました。子供の存在は大きいなと改めて実感しました。

そして何としてでも娘の二十歳の誕生日まで生きて、娘と家内と一緒においしいビールで乾杯してお祝いする!と改めて心に誓いました。

無菌室では子どももガウンとマスクを着用します。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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