2014年05月09日

抗がん剤の副作用に消えたポジティブシンキング/涙:白血病・悪性リンパ腫闘病記(17)

前回の闘病記からの続きです。

2013年5月24日(金)。入院12日目。抗がん剤治療開始から4日目。

この頃から少しずつ抗がん剤の副作用が出てきました。倦怠感や頭痛のため、ベッドに横になって、イヤホンで小野リサのボサノバなどを聞いていました。そうすると少し楽になったような気がしました。

この日の治療は、吐き気止めのグラニセトロンの点滴の後に、どぎついオレンジ色をした抗がん剤のドキソルビシンの点滴を24時間。

さらに、担当医のMY先生が来て、点滴のラインから抗がん剤のオンコビンを注射。MY先生は、「特にすぐに副作用がでるようなことはないと思います」とのことでしたが、その通り、すぐにではなく、数日後から、このオンコビンの副作用に悩まされることになります。

この日、担当看護師のKさんが、

「治療に当たって、悩みや不安などありますか?」

と話を聞きに来てくれました。僕は、

「半年以上という治療の長さ、その間続くであろう抗がん剤の副作用、そしてその治療に耐えられたとしても治る確率は高くない(5年生存率40%)という事実に、不安を感じるというか、途方に暮れています」

と率直に伝えました。また、治療方針に対する希望を聞かれたので、改めて、

「とにかく治していただきたいのが希望です。娘の二十歳の誕生日に家族3人で乾杯してお祝いするという目標を達成することが、今の自分にとって一番大切なことです」

とお伝えしました。

またKさんには、過去の病歴として、この2年前の脳腫瘍治療の話もしておきました。またその経験を脳腫瘍体験記としてブログに書いていること、それがきっかけで、脳腫瘍の主治医(東京女子医科大学 脳神経外科の村垣教授)とともに日経ビジネスに掲載されたことなどもお話ししました。Kさんは一連の話を聞いて驚いていました。


(当時のブログ記事はこちら

ちなみに、偶然にも、この日経ビジネスの「あなたを救う病院」という特集記事の病院ランキングで総合1位を獲得したのが、偶然にも虎の門病院でした。

2013年5月25日(土)。入院13日目。抗がん剤治療開始から5日目。

徐々に副作用による倦怠感や気分の悪さが強くなってきました。それとともに、看護師のKさんに話したような不安感で、精神的にも弱気になり、気分が落ち込んでいきました。

僕は昔から一貫してポジティブシンキングでした。そうでなければ、成功する可能性の方が低いベンチャー起業などしていません。

このポジティブシンキングは、この2年前の脳腫瘍治療のための入院中にも一貫していました。「この先生たちに手術してもらえればきっと治る!絶対に治す!」という前向きな気持ちが揺らぐことは入院中一回もなく、ずっと強気一辺倒のまま、2ヶ月の入院と手術を乗り越えました。

しかし、今回の白血病・悪性リンパ腫治療においては、そうはいきませんでした。肉体的に副作用に悩まされるようになるにつれ、精神的にも弱気になっていきます。もはやポジティブシンキングなどすっかりどこかに消えてしまいました。人生で初めて味わう気持ちでした。

そうした気分の中、こんなことを考えていました。

今回の病気は、本当の精神的・肉体的な辛さや、抑うつ的な気持ち、弱い人の気持ち、そして「闘病」の本当の辛さを体感するためのものなのではないか?
そういう体験がこれまでの自分の人生では欠けているため、今回それを経験しているのではないか?
そしてそれが自分の今後の人生の幸せのために必要なのではないか?

こんなことを考えて、病気にも意味を見出そうとする姿勢自体が、今思うと根っからのポジティブシンキングな気もしますが、、、当時は病室のベッドの上で気持ち悪さを堪えながら、こんなことを考えていました。

僕はそれまでブログに脳腫瘍の「闘病記」のようなものを書きつつも、自分の経験なんか他の患者さんよりも全然大変ではなく、「闘病記」と呼ぶのはおこがましいので「体験記」と呼んでいました。実際にこんな記事も書いています。

▼脳腫瘍闘病記?体験記?

その気持ちが、潜在意識下で、「いずれは自分も『本当の闘病』を経験する必要がある」という考え方にいつの間にか転化して刷り込まれ、今回の病気を引き寄せる一因になったのではと、今でも考えています。

この潜在意識と病気の関係、もっと簡単に言うと「病は気から」については、その後何度も考えさせられることになります。

この日の午後、家内と娘がお見舞いに来てくれました。

2人の帰り際、エレベーターホールまで見送りに出ると、娘が「手をつなご!」と言い出しました。3人で手をつないで、輪になりました。娘は僕を元気付けようとしてくれたようです。

涙が出ました。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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