2012年04月10日

脳腫瘍闘病記?体験記?

ブログに病気(悪性脳腫瘍/グリオーマ/神経膠腫)のことを書いていると、それを読んだ方から、「ブログの闘病記、読みました」と言われることがあります。

でも「闘病記」と言われると少し違和感を感じてしまいます。「いやそんな大層なものでは・・・」と思ってしまいます。

というのも、自分としては「病気と闘っている!」というような感覚はあまりないんですよね。実際、入院生活や、一連の治療(手術、放射線治療、抗がん剤治療)、そして退院後の日常生活においても、苦痛や辛さなどは、想像したよりもはるかに少なかったです。

つまり「闘病」という言葉から連想される痛み、辛さ、苦痛、我慢、覚悟、悲壮感、切実さ、といったものが、自分の場合はあまりありませんでした。だから「闘病記」と言われると、ちょっとむずがゆく感じてしまうのです。

もちろん、手術の直前は眠れない夜もありましたし、手術後の数日間は痛みがありました。でも痛みは薬でコントロールできる範囲でしたし、日を追うごとに治まっていきます。

術後、ご飯を食べたり出歩いたりするのも、自分でもビックリするくらい早くできるようになりました。術後の放射線治療は痛くもかゆくもなく、ただ髪の毛が抜けるだけです(しかも数カ月で戻る)。抗がん剤治療(ニドラン/ACNU)もまるで副作用がありません。今でも二ヶ月に一度点滴をしていますが、吐き気等もまるでなく、点滴後に女子医大病院の近くのラーメン屋で脂でギトギトのラーメンを食べられるほど(笑)。

手術の合併症で視覚障害は残りましたが、今も続けている日々の独自リハビリで少しずつでも着実に回復しています。その回復を日々実感しつつ、リハビリ方法を改善していくのが、楽しみですらあります。

このように肉体的な苦痛は手術直後の数日を除いてそれほどありませんでした。

精神的に辛かったのは、手術前でした。特に、女子医大で主治医のYM先生から悪性脳腫瘍であるグリオーマ(神経膠腫)、それもグレード3か4と診断されてから、手術直後にICUで主治医のTM先生から「腫瘍は95%取れました。術中の簡易的な病理検査ではグレードは3でしたよ」と言われてホッとするまでの間が、精神的には一番きつかったです。あと数年の命かも知れないという恐怖が常に目の前にありましたので(グレード3と4ではまだ5年生存率に大きな開きがあるのが現状です。また腫瘍摘出率も予後に大きく影響します)。

家族三人で岐阜に検査旅行に行ったのは、まさにこの頃でした。この時は「これが最後の家族旅行になるかも知れない」と思っていました。あの旅行中のなんとも表しがたい気持ちは、一生忘れないと思います。

でもその辛い時期を乗り越え、手術が無事成功し、グレードが3であろうと言われた段階で、精神的には完全に前向きな気持ちに切り替わりました。

このように精神的に辛かったのは病気が見つかってから手術するまでで、その後退院するまで、つまり入院期間の大半は、ずっと前向きでいることができました。前述のように、肉体的にも辛かったのは術後数日だけで、あとは右肩上がりで回復していきます。精神的にも肉体的にも、術後は良くなる一方ということです。

先ほど、苦痛や辛さなどは想像したよりもはるかに少なかった、と書きました。それは、家族の闘病生活を見ていたことが大きく影響していると思います。

僕は高校時代に父が舌がんで、8年前に妹が乳がんで亡くなりました。術後の痛みや抗がん剤の副作用に本当に苦しみ、その挙句に子どもたちを残して死んでいった父と妹の大変な闘病生活を思うと、僕なんか本当に大したことがなくて、とてもとても「闘病」なんて言葉を使うことはできないと思ってしまいます。

そして世の中には、本当に全身全霊をかけて病魔と闘っている患者さんもたくさんいらっしゃることと思います。「闘病記」の言葉がタイトルに含まれた本は多数出版されていますし、同様のブログもネット上でたくさん見つけることができます。そうした本やブログを見ても、やはり自分の場合は、闘病記というのはちょっとおこがましいかなと思ってしまいます。

そうしたことから、僕としてはこのブログに書いているのは「脳腫瘍闘病記」ではなく「脳腫瘍体験記」だと思っています。読んでいる方からすれば、まあどちらでも関係ないかとは思うのですが、自分としてはここはいつもなんとなく引っかかってしまうところなので、ここに記しておく次第です。

でも、こうやって振り返ってみて、自分が精神的にも肉体的にもそれほど苦しまないで済んだのは、運に助けられた面が非常に大きいように思います。

腫瘍がほぼ取りきれたこと(腫瘍の場所によっては手術では取りきれないことも)、腫瘍の悪性度がグレードが3だったこと、手術の合併症が視覚障害程度で済んだこと(運動機能障害や言語障害に比べて社会復帰しやすい)、放射線治療・抗がん剤治療の副作用がほとんどなかったこと、そして入院中、会社や仕事のことを心配しなくてすんだこと(自分が経営者で、かつ僕がいなくても役員・社員ががんばって会社を回してくれたこと)、などなど・・・。本当にラッキーなことが重なったからこそ、「闘病記」にならず、「体験記」ですんだのだと思います。

こうした運を自分に与えてくれた神様に感謝しつつ、その恩返しの意味も込めて、これからも脳腫瘍体験記を書いていければと思っています。

では、2ヶ月ぶりの抗がん剤点滴のため、これから女子医大病院に行ってきます!

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投稿者 ちゃーりー : 2012年4月22日 23:37

脳腫瘍の事を調べていて、ここに辿り着きました。
30代の主人が頭の中に出来た異物で入院しています。
本人はまだ脳膿瘍かも?という期待があるのか元気な様子ですが、主治医から「見た目は膿ではない」と言われた私はもう眠れぬ日々です。。。
病院はセカンドオピニオンを自ら提案してくださいました。でも、それでは遅いのでは無いか?と不安でたまりません。紹介状のシステムもよくわからないので果たして高山様と同じ病院で見てもらえるのかどうか…。
明日、検査です。Twitterでフォローもさせていただきました。家も少し前に住んでいた場所と近いので勝手に親近感を感じています。うちの子は5歳です、これからも色々参考にさせてください!

投稿者 オーシャンブリッジ高山 : 2012年4月23日 08:03

ちゃーりーさん、コメントありがとうございます。我が家の昨年6月の状況を思い出しています。お気持ちお察しします。
今の病院に「東京女子医大を受診したい」と伝えて、女子医大への紹介状を書いてもらいましょう。検査画像を保管したCD-ROMも用意してくれるはずです。
合わせて、女子医大に電話して、村垣先生もしくは丸山先生(ともに私の主治医)の受診予約を取ってください。村垣先生から、ブログ経由で問い合わせをくださった方にご案内するための受診予約の取り方についてお聞きしていますので、後ほどTwitterのDMでご案内しますね。

投稿者 キャス : 2013年11月23日 08:35

高山様

初めまして。脳腫瘍の事を調べていてこちらのブログへ辿り着きました。

私の母が脳腫瘍と診断され、入院して2ケ月が過ぎようとしています。

先日、主治医から、手術は神経を丁寧に剥がして行くので、交代制で長時間に及ぶと説明を受けました。
70代の高齢でもあり手術に耐えられるのか、素人では全くわからず、家族も手術をすべきだと理解しているのですが、不安な日々が続いています。

ブログの記事を参考にさせて頂き、術中MRIの設備がある東京女子医大で手術をして頂けないかと思い、入院している病院での手術を一旦見送り、主治医に東京女子医大の脳外科医宛の紹介状をお願いして、東京女子医大の医療相談の予約を入れました。

転院希望ではありますが、ベッドの空き状況などは確認する事が出来ず、気持ちばかりが焦っています。医療相談で転院を受け入れて頂き年内に手術の予約が取れるのか?受け入れて頂けなかった場合どうすべきか?脳腫瘍は悪化しないか?等、不安な日々が続いています。

最短で転院をして手術が出来れば良いのですが、宜しければ、アドバイスを頂ければ幸いです。
メールでのお返事お待ち申し上げます。

以上、宜しくお願い致します。


高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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