株式会社オーシャンブリッジ ファウンダー
高山 知朗 (たかやま のりあき)
2007年09月18日
ということで、無事帰国し、現在オフィスにおります。
溜めてしまっていたアムステルダムのフォトレポートをお届けします。
土曜日は、ホテル到着後、戸塚さんに迎えに来ていただき、早速、昔住んでいた頃の懐かしの場所巡りへ。
まずはランチによく通った日本食レストランが面する湖。そのレストランはもう無くなってしまっていましたが・・・。
そして、当時は毎週2〜3日もディナーに通ったインド料理屋、Sagar Royal。
オランダ赴任直後に、アパートが見付かるまで泊まっていたHotel De Veenen。
こぢんまりしたいいホテルでした。確か勤務二日目にすごい熱を出して寝込んでしまい、シーツをびしょびしょにした覚えが・・・。
そして、当時の勤務先のオフィス。
現在はもっと近代的なビルに移転してしまったようです。
続いて、僕が当時住んでいたアパート。
当時と全くそのまんまでした。
11年後にこうして戻ってくるとは、感慨深いです。
当時、たまに戸塚さんと飲みに行ったバー。
夜中に二人でカウンターで飲んでいたら、戸塚さんは新聞記者を名乗る女の人に声を掛けられ、僕は世界の海を股に掛けてきた海の男と自称する人に声を掛けられ・・・、なんてこともありました。あー怖かった。
そしてアムステルダムの街並みです。
そしてその夜は、戸塚さんの奥さんに予約していただいたレストランへ。
ものすごく混み合っていて、予約をしていたのにカウンターでビールを飲みながら待つことに。
オランダは生ビールをグラスに注いだ後、盛り上がってきた泡を、スティックみたいなので切るんですよね。なつかしー!!!
人気店だけあって、さすがに料理もおいしかったです。
僕が食べたのは仔牛のステーキ。
こちらはラザーニャ。
そしてボンゴレのパスタ。
また来たい!と思わせる良いお店でした。
その後、戸塚さんご家族と別れてホテルに戻る。
せっかくなので、ホテルのバー、Pulitzer Barに繰り出す。
やっぱまずはHeineken。
そして白ワイン。
というところまでが一日目です。
二日目に続く。
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【投稿者】nori 【コメント】コメント (0)
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ(幻冬舎 税込1,188円)
脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。
高山知朗(のりあき):
1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。
アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。
2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。
2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。
2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。
2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。
2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。
現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。
メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)
※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。
※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。
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