2011年09月27日

家族3人で岐阜に検査旅行(経緯4)

女子医大での初めての診察から2日後の6月23日(木)に再度、女子医大に行きました。予定通り、自己血の採血をしました。

手術の時、何かあって大量に出血してしまったら輸血をすることになりますが、この輸血を自分の血液で行えるように、事前に採血しておくというものです。ただ、僕の場合、手術中に特に大量に出血することもなく、結果的にはこの血液は使わなかったと、術後に主治医の先生からお聞きしました。

採血が終わってから、すぐに病院を出て、奥さんと娘と待ち合わせて、電車で岐阜に向かいました。翌日朝からの提携先病院(木沢記念病院・中部療護センター)でのPET検査のためです。検査当日は朝早くから検査が始まるため、前の日に移動して、病院の近くのホテルに宿泊する必要がありました。

事前にこの病院からは「行き帰りの道中に何かあるといけないので、基本的に付き添いの方と来てください」と言われていました。奥さんが付き添いで来るなら、一歳の娘も一緒に連れて行く必要があります。でも娘はまだ電車での長旅は経験がありません。これまでは、電車の中で泣いて騒いでしまったら大変と、電車での長距離移動は避けていました。だから岐阜へは僕一人で行こうと考えていたのですが、奥さんが心配して、娘を連れて一緒について来てくれることになりました。

3人で新横浜から新幹線に乗って、名古屋で降り、そこから東海道本線、高山本線を乗り継いで、美濃太田駅へ。その日は駅前のホテルに3人で泊まりました。病院が紹介してくれた、シティホテル美濃加茂というホテルです。

事前に病院からも言われていたのですが、駅やホテルの周りには、コンビニや飲食店のようなものがほとんどありません。そのため、その夜はホテルのレストランで3人で食事をしました。レストランの従業員の方が娘に非常によくしてくださり、赤ちゃん用の食器を持ってきてくれたり、スープやデザートをサービスしてくれたりしました。そうしたサービスのお陰もあって、娘もご機嫌で、この夜は楽しい家族旅行のような気分で眠れました。

翌日朝、3人でタクシーに乗り、病院に行きました。最初に検査の説明を聞いたところ、この日僕が受けるPET検査では、放射性物質で標識した薬剤を僕の体内に注射するため、赤ちゃんはあまり近くにいないほうがよい、とのこと。そのため娘と奥さんは病院を出て、僕の検査が終わるまで、ファミレスで過ごしてもらうことになりました。

検査は一日がかりでした。PET検査だけでも数種類行いました。手術の前に脳腫瘍の場所や種類などをできるだけ特定するためです。検査の前や検査の最中に、注射や点滴で薬剤を体に入れて、機械に横たわるのですが、検査自体は特に苦痛ということもありませんでした。検査と検査の合間の時間を使って、待合室にあったがん治療の本が一冊読めました。

注射を打ってもらっているときにスタッフの方と話したんですが、この病院は、やはり他県の病院からの紹介の患者さんが多いらしく、僕と同じ東京の女子医大をはじめ、お隣の長野県の信州大学医学部附属病院や、名古屋の病院からも患者さんが来るようです。沖縄からの患者さんもいたとのこと。

夕方、無事に検査が終わりました。「結果は女子医大に送るので、後で主治医の先生から説明を受けてください」とのこと。もしかして、検査の結果、やはり脳腫瘍ではなくて膿瘍(うみ)だったという可能性もあるかもしれないと、まだ少しだけ期待していました。

病院を出てから、駅で奥さんと娘と待ち合わせて、電車に乗り、帰途につきました。まだ僕の体内にはPET検査の放射性物質が残っているので、しばらくは赤ちゃんと密着しないほうがよい、と先生が言っていたので、帰りの電車では娘を抱っこすることなく、少し離れた席に座りました。

この岐阜行きは、前述の通り、娘にとっては初めての電車での遠出でした。電車の中で泣いたりしないかと心配していたんですが、終始いい子にしてくれていて助かりました。ただの旅行ではないと子供心に感じていたのかも知れません。また、車内で一緒になった旅行者らしき女性のグループがあやしてくれたりしたのもよかったのでしょう。


無事に一泊二日の岐阜旅行は終わりました。観光も遊びもありませんでしたが、家族三人で新幹線に乗り、ホテルに泊まり、レストランで食事をして、楽しい旅となりました。でも、「場合によってはこれが最後の家族旅行になるのかも知れない」という思いも、ずっと頭の中にありました。

このあと手術をして摘出する僕の脳腫瘍が、病理検査の結果グレード4と診断されたら、もう家族で旅行に行くような余裕はなくなってしまうでしょうから。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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