2011年09月22日

脳腫瘍が見付かってから女子医大を選ぶまで(経緯2)

前回のブログ更新から少し時間が空いてしまいました。

今年の6月13日(月)に、病院で先生から「脳に腫瘍がありますね」と言われたときには、さすがに驚きました。頭に何か問題はあるだろうと思っていましたが、まさか脳腫瘍だとは思いませんでした。もしこの腫瘍が悪性であれば、それはがんということです。

でも、身内にがんが多く、過去にがんの本をある程度読んでいたこともあり、「たとえがんだったとしても、治らないわけではない、適切な治療を選択していけばなんとかなる」、と冷静に受け止めていました。

先生からは、「悪性かどうかなどは最終的には開頭して組織を取って調べてみないと結論は出ませんが、もう少し検査をしてみましょう」というお話があり、そのまま追加の検査をしました。造影剤を使ったMRI検査と、脳波の測定です。その結果を3日後に聞きに来ることになりました。

その日一人で家に帰ってから(奥さんは肺炎で入院中の娘の付き添いで病院に寝泊まりしていました)、ネットで病気のことや病院のことを調べました。最悪の場合、つまり脳腫瘍であることを想定し、どんな病気で、悪性と良性の比率はどれくらいで、治療内容はどうで、予後はどうで、どの病院で治療するのがいいのかなどを調べました。僕のEvernoteにはその時のWebクリッピングがいくつも残っています。

この段階で、もし悪性の脳腫瘍だった場合は、予後はかなり厳しいなと感じていました。だからこそベストな治療を受けなければと思い、病院に関する情報を収集しました。そしていくつかの候補を挙げました。手術件数などから、東京女子医科大学病院も有力な入院先候補の一つになっていました。またこの頃は、うちの奥さん(大学院で心理学を研究しながら、臨床心理士として病院などで働いています)も、自分のつてでいくつかの病院に当たってくれていました。

僕はネットで調べるのと同時に、幼稚園から高校まで一緒だった同級生のT君にメールを送りました。彼はある大学病院で放射線腫瘍医をしています。つまり腫瘍の放射線治療と画像診断の専門家です。そして、彼のお兄さんは、女子医大病院で放射線腫瘍医をしています。長年の友人とそのお兄さんが脳腫瘍の専門家だったこと、そしてお兄さんが女子医大に勤務していたことは、僕にとって本当に幸運でした。

彼にはメールで、自分の頭に脳腫瘍が見付かったことを伝え、どこの病院で治療するのがいいかを相談しました。彼の勤務する大学病院も、ネットで調べた脳腫瘍の手術件数が多い病院のリストに入っていました。

翌日すぐにT君から返事が来ました。彼によると、「病変がどこにあるか、良性・悪性のどちらの可能性が高いかが、病院選びで重要。もし悪性であれば、脳腫瘍手術をしっかり経験している病院がよい。自分の勤める大学病院でもいいし、兄の勤める女子医大も紹介できる。女子医大は手術室にMRIがあり、手術件数も日本一。今日、兄にも相談してみる」とのこと。

彼には、「腫瘍の場所は右の後頭葉。良性か悪性かはまだ分からず、3日後に出る検査結果からもう少し分かるかも知れない。腫瘍ではなく膿瘍かもしれないとも言われている」と答えました。そして同時に、「いずれにしても今後別の病院での治療を希望するのであれば、今の病院には『セカンドオピニオンを聞いてみたいので紹介状を書いてくれ』と言えばいいのか?」と聞きました。

すると彼からの返事は「セカンドオピニオンにすると、そのセカンドオピニオン外来の予約が取れない等でどんどん先延ばしになってしまうし、またセカンドオピニオン外来の診察時間は保険が効かないので、今回は勧めない。今の病院で治療を受ける前提で、他の病院に念のため話を聞きに行くというのならセカンドオピニオンでもいいが、そもそも別の病院で治療を受けたいのであれば、単に紹介状を書いてもらったほうがいい」とのこと。

そして「脳腫瘍の治療においては、手術でどこまで腫瘍を切除できるかが非常に重要。できるだけ現状の脳の機能を維持しながら腫瘍を最大限に切除するためには、手術室にMRIの設備があることが重要」というアドバイスももらいました。つまり彼のお兄さんが勤める女子医大がよいということです。自分で調べた入院先候補に入っていた他の病院についてもいくつか聞いてみたのですが、設備や、脳腫瘍に関する学会発表の件数などから、女子医大には及ばないということを教えてもらいました。

そして6月16日(木)に、検査の結果を聞くために最初の病院に行きました。3日前に撮影した造影剤を使ったMRIの結果です。先生からは、「MRI画像を見ると、腫瘍のようにも見えるが、もしかすると脳膿瘍(のうのうよう。脳にできる「うみ」のようなもの)かも知れない。縁が造影された病変が狭い範囲に3つあるところを見ると、膿瘍の可能性もある。膿瘍の可能性を考えて、まずは手術ではなく、しばらく抗生物質を投与して、これが小さくなるかどうか様子を見てもいいかもしれない」と言われました。

僕はこれを聞いて喜びました。腫瘍ではない可能性が出てきたということです。その上で、「今後は女子医大で治療を受けたいので、紹介状を書いていただけませんか?」と依頼しました。先生は快く引き受けてくださり、検査画像を保存したCDとともに紹介状を用意してくれました。

病院を出た僕は、奥さんとともに、娘が入院している病院に向かいました。道中、奥さんとは、「確かに膿瘍かもしれないね。視野がおかしくなるようになったのはもう大分前だし、悪性の脳腫瘍ならもっと早く進行するはずだし」とか「最近忙しくて体調を崩しがちだったので、免疫力が低下して、頭に膿ができたのかも」というような話をしていました。

そして相談していたT君に電話しました。検査をした病院で腫瘍ではなく膿瘍かも知れないと言われたことや、紹介状と検査画像のCDをもらってきたことなどを告げました。すると彼は「とにかく早く画像を見せてほしい」と言って、なんとその夜に、娘が入院している横浜の病院まで、その紹介状とCDを取りにきてくれました。自分の大学病院での仕事が終わった後の夜9時過ぎに、0歳の赤ちゃんと奥さんを乗せた車を都内から飛ばして。まさか僕のためにそこまでしてくれるとは思わず、非常に驚きました。腫瘍の画像診断の専門家である彼としては、画像を見れば、おおよそ悪性腫瘍かどうかの判断がつけられるということだったようです。

そして彼は持ち帰ったCDのMRI画像ををすぐに自分で見た上で、それをお兄さんに渡してくれました。お兄さんや、女子医大の脳神経外科の先生方も見てくださったようです。

彼にCDを渡した日の翌日、6月17日(金)の夜、T君と電話で話しました。

T君や他の先生方が画像を見た上での診断としては、おそらく悪性の脳腫瘍だろう、ということでした。膿瘍かも知れないという僕たちの淡い期待は、その時に消えました。

その上でT君とお兄さんは、すでに女子医大での診察、検査、そして手術の予約までも入れてくれていました。4日後の21日(火)に外来で女子医大の脳外科の先生の診察、24日(金)に女子医大が提携している岐阜の病院で各種検査(PET等)、その後ベッドが空いたら女子医大病院に入院し、各種検査の後、7月4日(月)に手術、という段取りです。

こうして、脳腫瘍が見付かってから4日後には、脳腫瘍治療において日本で最も優れた女子医大病院での手術の段取りが決まりました。T君は「急かすようで悪いんだけど、こんな段取りでどうかな?」と言っていましたが、もちろん悪いなんてことはありません。本当にT君と彼のお兄さんには感謝してもしきれません。

またT君からは、「女子医大に診察に行く前に、女子医大のホームページの脳神経外科のページにある脳腫瘍の治療方針を読んでおいてね。それで納得できるようであれば、そのまま女子医大に入院して手術を受ければいいから」と言われました。

でも僕の心はもう女子医大で決まっていました。というのも、彼はそれまでにやり取りしたメールの中で、こう書いていたのです。

「自分が高山と同じように脳腫瘍になったら、女子医大で手術を受ける」

長年の友人であり腫瘍の専門家である彼がそこまで言うなら間違いない、彼を信じよう、と思いました。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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