先日の緊急入院で考えたこと:過度の恐怖感の克服、家族のありがたさ

先日の緊急入院から退院して一週間が経ちました。お陰さまでその後体調は問題ありません。ただ相変わらず帯状疱疹後神経痛の痛みは続いていますが。。。
今回の入院の経緯については先日の記事に書いた通りなんですが、その記事に書けなかった、入院中や退院後に考えたことなどを書いてみます。
点滴の針


僕は昨年の辛い7ヶ月間の入院を通じて、入院に対して過度の恐怖感、抵抗感を持つようになっていました。もうあんな辛い思いはしたくない、絶対に入院したくない、という思いです。
昨年の入院中は抗がん剤治療の副作用も辛かったのですが、一時は体重が15キロ減ってしまい、体力、脚力も衰えたことから、日常動作の一つ一つも大変でした。
シャワーを浴びるときには、脱衣所でズボンやパンツを履き替える際、片足で立つのに苦労し、つかまるところを見つけて転ばないように気をつけるのが大変でした。実際、一度脱衣所で意識を失って倒れてしまい、額を割って5センチほど縫う羽目になったこともありました。
また抗がん剤の点滴中は、シャワーを浴びるときにも、点滴棒(点滴スタンド)と一緒です。点滴棒を脱衣所に置いて、ドアの隙間から点滴の管を通してシャワーを浴びます。身体の点滴の針が入っている箇所は、看護師さんにビニールでカバーしてもらいます。点滴につながれたままシャワーを浴びるのは、非常に洗いにくいです。かつ、足腰が弱っているので、ここでも転倒しないように気を使います。シャワーが嫌いになりました。
トイレにも点滴棒は連れて行きます。狭い個室に点滴棒とともに入って、限られた空間の中、弱った足腰で立ったり座ったりするのは苦労しました。抗がん剤の副作用で下痢を起こしたときなどは本当に大変でした。
洗面所での洗顔や歯磨きでも、バランスを崩して後ろに転倒しないように前方の洗面台に寄り掛かって注意していました。
また病院食については、もともとの薄い味付けに加え、副作用による食欲減退もあり、日を追うごとに食べられなくなりました。途中から病院食は一切食べず、家内や友人の持って来てくれる差し入れに頼るようになりました。
抗がん剤の副作用で気持ちが悪いときは、何もできませんでした。iPhoneをいじることも、本を読むこともできず、音楽を聴く気にすらなりませんでした。ただただ、ベッドに横になり、お腹の痛みや気持ちの悪さを耐えるのみです。食事はもちろん食べられませんし、薬を飲むのも大変で、看護師さんに手伝ってもらいました。そうしてただただ横になっていると、時間の感覚がなくなっていきます。今が朝なのか夕方なのか分からず、出てきた昼食を夕食と勘違いしたりしていました。
こうした昨年の入院生活の日常における一つ一つの辛い経験が積み重なって、いつしか入院に対する恐怖感、抵抗感が生まれ、それがどんどん強くなっていきました。
そのため、今回の緊急入院でも、最初は入院することに対し非常に抵抗がありました。でも主治医に強く勧められ、入院することにしました。
しかし再度入院してみた結果、上記のような辛かった経験は、大して辛くない普通の経験として上書きされました。
今回の入院では、点滴は抗生剤のみだったため、抗がん剤のような副作用の辛さはありません。点滴に要する時間も短いため、シャワーやトイレや洗面所に点滴棒を連れて行く必要はありません。体力、脚力も、昨年よりは大幅に回復しているため、転倒の危険もそれほどありません。
病院食も、決しておいしいとは言いませんが、昨年のように全く食べられないということはなく、6日間の入院中、一食を除いてほぼ病院食を完食していました。抗がん剤の副作用がなかったのが大きいと思います。
また今回は最初こそ高熱を出していたものの、抗生剤の点滴が効いてすぐに熱は下がったため、体調や気分は悪くなく、ベッドの上では本を読んだりiPad miniで映画を見たりして過ごせました。
こうして、昨年の入院時の辛かった一つ一つの経験は、大して辛くない普通の経験として上書きされ、その結果、入院に対する過度の恐怖感、抵抗感がなくなりました。
これは今回の入院の一つの意義だったのかなと思っています。なぜなら、過度の恐怖感を持っていると、それが潜在意識下に潜り込み、知らず知らずのうちに、その恐怖感の対象、つまり入院を引き寄せてしまうということがあるように思うからです。だから、入院に対する過度の恐怖感を払拭できたことは、今回の入院でよかったことの一つだと思っています。
また、今回の入院で、改めて家族のありがたさと愛おしさを感じました。
家内は非常に勘が鋭く、僕自身は診察時に入院を勧められたときには予想外で驚いたのですが、家内はある程度予想していたようです。診察後、窓口で手早く入院手続きを済ませ、家に着替えなどを取りに帰ってくれました。家内の勘の鋭さに驚くとともに、入院中も毎日お見舞いに来てくれ、ありがたく思いました。
娘は、昨年の僕の入院が非常に寂しい記憶として残っているようで、昨年12月の退院後、折に触れて、「パパ、もう病院にお泊まりはしないんだよね?」と聞いてきていました。娘が寂しがることも、今回の入院を躊躇した要因の一つでした。
急遽入院した夜、FaceTime(テレビ電話)で家とつないだとき、娘は僕の顔を見た瞬間、声をあげて泣き出しました。保育園からの帰り道に家内から僕の入院を聞いて泣き、家に帰って僕が本当にいないのを知って泣き、FaceTimeで病院にいる僕を見て泣いてくれました。本当に切ない気持ちになりました。
退院の日、家内と二人でタクシーで帰宅し、荷物を置いてそのまま二人で保育園に娘を迎えに行きました。僕の顔を見た娘は「パパだ!パパだ!パパだ!」と文字通り飛び上がって喜んで、玄関まで飛び出してきました。涙が出ました。
自分の家で、愛する家族と一緒に暮らせることの幸せを、いま改めて噛み締めています。
退院後の夕飯