2014年08月22日

主治医から家族への治療方針の説明/移植とセカンドオピニオン/諦めと納得:白血病・悪性リンパ腫闘病記(42)

前回の闘病記からの続きです。

◼︎2013年7月1日(月)。入院50日目。抗がん剤治療開始から42日目。(続き)

お風呂の脱衣所で意識を失って転倒して、額に5センチの傷を負い、その傷のガーゼを外してもらった日の夕方のこと。

主治医のGY先生から、家族を交えて、その後の治療方針に関するお話がありました。

Hyper-CVAD/MA療法も2コース目が終わったこと、また連日僕が急性リンパ性白血病やB細胞性リンパ芽球性リンパ腫に関する海外の論文を読んで、担当医のMY先生を捕まえて議論を重ねていたことを受けて、そろそろ一度ちゃんと時間をとって家族も交えて話した方が良い、と先生方も判断されたのかもしれません。

小さい会議室のような部屋で、GY先生は重要な点は紙に説明を書きながら、丁寧に説明してくれました。またこちらからの質問にも丁寧に答えてくれました。

以下、GY先生の書いてくれた説明書の概要です。

⚫︎B細胞性リンパ芽球性リンパ腫=急性リンパ性白血病(骨の病変)の場合の治療の選択肢は以下の通り。

・初発から化学療法で第一寛解期に入り、そこで移植をするか、しないか。
・移植をしない場合、治癒するか、再発するか。
・再発した場合、化学療法で第二寛解期に入れ、移植する。

化学療法で、多くの人は一旦は良くなる(第一寛解)が、再発する人も多い。

⚫︎骨髄移植(臍帯血移植、末梢血造血幹細胞移植)について。

強力な化学療法(+放射線治療)の後、他の人の血液を作る元となる細胞を入れる。
強力な治療で、免疫により化学療法よりも大きな効果。
反面、合併症も少なくない(1〜2割の元の病気によらない死亡)。

⚫︎今後の考え方。

まず、化学療法のHyper-CVAD/MA療法は、8コースまで続ける。
その間、移植の可能性も考慮し、血液の型(HLA)を調べる。(院内での血液検査で2〜3日で分かる)
そして骨髄バンクに登録しておく。骨髄バンクは移植までに登録してから3〜4ヶ月ほど時間がかかるため。
臍帯血移植の場合はもっと早い時期に移植できるが、細胞が根付く(生着する)のに時間がかかる。
Hyper-CVAD/MA療法が6コースくらい終わった時点で移植することも考える。

その他、上記メモにはない、重要事項は以下の通りです。

・化学療法だけだと、8〜9割は寛解を得られても、結局3分の2は再発してしまう。
・移植しても、成功するのは6〜7割のみ。移植関連死が虎の門病院の場合で1〜2割。その他の1〜2割も再発等で死亡。
・第一寛解期に移植しても、第二寛解期に移植しても、治療成績はそれほど変わらない。問題は、第二寛解に持ち込めるかどうか(2回目の化学療法が効くかどうか)。

・山本先生の個人的な感覚としては、「どちらかと言えば移植をした方がいいんじゃないか」とのお考え。ただ生存確率等ではっきりとは言えない。
・セカンドオピニオンを聞きに行ってもいい。高山さん本人でなくても、家族が聞きに行くのでもいい。行くのなら、移植治療をやっている国立がんセンターか駒込病院か。

以上の話を聞いて、僕は、

やはり移植をせざるを得ないか・・・。

とまた悩みが深くなってしまいました。しばらく考えた上、

血液内科部長の谷口先生とも相談させていただけませんか?

とGY先生にお願いしてみました。谷口先生は、僕が虎の門病院を選ぶ決め手となった先生であり、東京女子医科大学病院の村垣先生に紹介していただいて、最初に外来で診察していただいた先生です。

GY先生は、快くOKしてくださいました。

その後、しばらくGY先生と家族と話し合った結果、以下のような結論となりました。

・当面の方針は、CR1(第一寛解期)での移植は考えず、今の化学療法(Hyper-CVAD/MA療法)を8コース(6コースではなく)やり切る。
・もし再発したら、再度化学療法をやって、第二寛解を目指し、その後移植する。
・ただ念のため、HLA検査と骨髄バンク・臍帯血バンクの検索はしておく。

GY先生は忙しい中、一時間以上も時間をとって、丁寧に説明してくださいました。また僕たちが悩んでいるのを見てとると、先生の方からセカンドオピニオンも提案してくださいました。谷口先生とお話させていただく件についても、快く了承してくださいました。「本当にありがたい、いい先生に恵まれた」と思いました。

その後、家族も帰り、一人になっていろいろと考えました。「今後の治療のことを考えるのは本当に難しい」と感じていました。

この頃は、毎日、時間があればiPad miniで海外の論文を探して読んでばかりいました。恐らく、トータルで50本前後は読んだのではないかと思います。

でも、必要なデータ、エビデンスはもう十分得られたようにも感じました。

そして、GY先生とも十分に話して、当面の方針についてもお伝えしました。

そうしたことを踏まえ、

もうこれ以上調べたり考えたりしてもしょうがない。目の前の治療を進めるしかない!

と考えるに至りました。

そして、

しばらくは論文を読むのをやめて、映画でも見てゆっくり過ごそう。

と思いました。実際、Evernoteを見ると、この日を境にぷっつりと論文が保存されなくなりました。

ある意味での諦め(考えても仕方がない、自分は治療を受けるだけ)と納得(論文は調べつくした、先生とも話しつくした)により、張りつめていた気持ちがようやく少し緩んだのだと思います。

この夜、仲のいい看護師のWさんが担当だったため、その日GY先生と話した内容について話しました。Wさんは、

移植の決断は本当に大きな決断だから、できるだけ先延ばしにした方がいいと思いますよ。

と言っていました。たくさんの白血病・悪性リンパ腫の患者さんを間近に見てきた看護師さんの言葉だけに、医師の言葉とはまた違う重みがありました。

また、このWさんの観点でも、「当面はHyper-CVAD/MA療法を8コースやり切る」というこの日の結論は妥当なものだと、少し安心しました。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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