2017年07月04日

あっという間の外泊で飲水チャレンジ/娘がOzobotでプログラミング体験

前回の記事で書きました通り、先週末は無事に外泊許可が出て、家に帰ってきました!

外泊中の自宅での久しぶりの夕飯

金曜日の夕方に妻に迎えに来てもらってタクシーで家に帰り、日曜日の夕方に娘も含めて三人でタクシーでまた病院に来ました。

今回の外泊では、チャレンジがいくつかありました。

一つは、一日2リットル以上、水を飲むこと。

実は外泊前の血液検査で、腎臓の状態を示すクレアチニンの値が上昇してしまっていました。湯淺先生によると、これまで点滴で大量に投与していた水分がなくなったことで、腎臓のフィルタを流す水分が不足し、詰まり気味になっているのではないかとのこと。解決策としては、点滴をやめた今、口からたくさん水を飲んで、腎臓を洗い流すことです。先生からは、今は一日2リットル、もっと悪くなったら3リットル飲むようにと言われました。

でも意外と2リットル飲むのは大変です。特に今は後述する味覚障害であまり食べ物が胃に入れられないので、お腹が水でふくれてタプンタプンになります。

でも、「外泊後にクレアチニンの数値が下がってなかったらどうなりますか?」と湯淺先生に聞いたら、

「退院は延期です!」

と冷徹に(嘘)言い切られてしまったので、がんばるしかありません。

ということで、外泊中は、愛用のサーモスの420mlの真空断熱タンブラークリティアのウォーターサーバーから水をいっぱいに注ぎ、飲み終わるたびに飲んだ量をEvernoteにメモしていました。

こうして土曜日も日曜日も2リットル以上飲んだお陰で、昨日の月曜日の血液検査では、無事にクレアチニンが1.10から0.97(基準値は0.65〜1.06)に低下し、先生からも

「よかったですね!」

と褒めてもらいました。

そして最終的に、明日水曜日の血液検査でもクレアチニンが低いままだったら、無事に金曜日に退院、となります。先生からは、

「退院までは気を抜かずに緊張感を持って水飲んでくださいね(笑)」

と言われていますので、今も飲みながら書いています。

さて外泊中のもう一つのチャレンジは、味覚障害です。これは難題でした。

前回の記事に、「以前好きだった料理を作ってもらったら、味覚障害でおいしくなかった、食べられなかった、となると悲しいですから」と書きましたが、まさにそうなってしまいました。

せっかく作ってくれたのになかなか食べられない、飲み込めない。一緒に食べている娘は「これおいしい!」と喜んで食べているのに。そして僕も以前は「おいしい!」と食べていたのに。

これはかなり哀しい状況でした。

外泊中の自宅での朝ごはん

妻とも話したのですが、とにかく退院後は、いろいろな食べ物を買ってきて試して、少しでも食べられるものを探そう、と考えています。

昨日、病院に来てから、ベテラン男性看護師の田実さんにこのことを話したら、

「移植患者さんは、退院後半年は、一人前の三分の一から二分の一くらいを食べられれば十分。一年経って一人前食べられればいい」「何でもいいから口から食べることが大切。今は栄養は考えなくてもいい。栄養面で問題があれば外来診察のときに血液検査を見て先生から指摘がありますから」

とのこと。この説明を聞いて、「無理やりたくさん食べなくてもいいんだ」と少し安心しました。

さて外泊中のチャレンジについて二つ書きましたが、もちろん楽しいこともたくさんありました。

まず家に着いて、玄関を入ったとき、木の匂いと畳の匂いがしました。入院前はあまり意識したことのない匂いですが、これでまず、「ああ、自分の家に帰って来たんだ」と実感しました。

そして、外泊を心待ちにしてくれていた娘ともいろいろ遊びました。特に紙とペンでプログラミングを学べるOzobotが改めて気に入ったようで、耳などを付けてかわいくカスタマイズしたり、紙にペンでコースを書いてコードを埋め込んだりして、一緒に遊びました。外泊からまた病院に来る前に、僕がいない間も娘が一人で遊べるように、コード表を和訳しておいてあげました。

娘がカスタマイズしたOzobot

実はOzobotは、数年前にオーシャンブリッジのアメリカのパートナー企業のCEOからプレゼントしてもらっていたんですが、それがしばらく前に壊れてしまったため、改めて先日注文しておいたのです。

僕は小学校五年生のときに父がパソコン(当時はマイコン。PC-8001mkII)を買ってきて、それで自分でプログラミングを始めたのですが、そのときの経験が、アクセンチュアやオーシャンブリッジでの仕事につながっていると思っています。

娘は今小学校二年ですが、僕に似たところが多いためか、Ozobotは気に入っているようです。これでプログラミング的な素養を伸ばしてくれればと思っています。

ということで、いろいろあった外泊ですが、とにかく怪我や体調不良もなく、無事にまた病院に来ることができてひと安心というところです。

入院中、毎日リハビリはがんばったのですが、やはり筋力・体力の低下から、自宅での階段の上り下りは大変です(特に下りるのが怖い)。でも今回の外泊でも階段から落ちて怪我をするようなこともありませんでしたし、退院してから毎日生活していけば、少しずつ脚力も戻ってくるはずです。焦ることはありません。

あとは金曜日の退院まで、しっかり水を飲んで過ごしたいと思います。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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