2017年02月03日

オーシャンブリッジから卒業しました

このたび株式会社オーシャンブリッジは、株式会社ノーチラス・テクノロジーズと資本業務提携に合意し、同社の子会社となりました。以下、両社からの発表です。

▼株式会社ノーチラス・テクノロジーズとの資本業務提携について/株式会社オーシャンブリッジ

▼株式会社オーシャンブリッジの子会社化について | NAUTILUS

僕はこのM&Aにより、自分が持つオーシャンブリッジの株式を全てノーチラス・テクノロジーズさんに買い取っていただいて、オーシャンブリッジの代表取締役から退任しました。2001年に創業したオーシャンブリッジからの卒業ですね。

とは言いながら、今後はファウンダーという肩書きで、オーシャンブリッジの新しい経営チームに対するアドバイザーの役割を務めさせていただくことになりました。どこまで期待にお応えできるか分かりませんが、身体に無理のない範囲でご協力させてもらおうと思っています。

このブログでは、このM&Aの背景や、僕自身の思いなどをご説明させていただきます。

●M&Aの背景

今から6年前の2011年、僕はヨーロッパ出張中に空港で倒れて脳腫瘍が見つかり、手術を受けました。そのときは、視野を一部失ったものの、退院後は仕事に復帰できました。

でもその2年後、2013年の白血病・悪性リンパ腫での入院の後は状況が違いました。7ヶ月にわたる抗がん剤治療の副作用で体重が15キロ減り、自分の足で階段も上り下りできないような状態になりました。それでも1年以上かかって、ようやくたまには会社に出社できるようになりました。

そのころは、何としても会社に復帰して、もう一度オーシャンブリッジ、そして社会に貢献したい、入院中にオーシャンブリッジを支えてくれた社員に恩返ししたい、代表取締役としての責務をもう一度果たしたい、と自分なりに必死でした。どういう形で仕事に復帰するのがいいのかを、経営陣と話しながら模索しました。

でも思ったようには体力は回復しませんでした。病気になる前と比べて1〜2割にまで下がった体力は、毎日のウォーキングなどでなんとか4〜5割程度には回復しました。それでも無理をして電車で出社したりすると、疲れで翌日以降は寝込んでしまいました。抗がん剤治療も続いていたため、副作用の影響でよく熱も出しました。

そうした中、結局、これからどうがんばっても、以前の体力の5〜6割くらいに回復するのがいいところで、もう以前の10割の自分に戻るのはもう無理だ、と気付きました。

それは、今の自分では、以前のように経営者として会社に貢献するのは難しいということです。非常に残念で、受け入れにくいことでしたが、それが現実でした。

そして、もはや経営責任を果たせないのであれば、取締役に留まるべきではないのではと考え、悩んだ結果、最終的に、役員を退任することを決めましました。同時に、自分が持っている株を、自分の代わりに今後のオーシャンブリッジの成長に貢献してくれる新しい株主に譲渡すべきだと考えました。一昨年の終わり頃のことです。

それから今まで、オーシャンブリッジのミッションやカルチャー、そして人を尊重してくれて、今後の成長をともに実現できる会社を探してきました。そして実際に、そういう会社が手を挙げてきてくれました。

それがノーチラス・テクノロジーズさんでした。

●オーシャンブリッジの今後

今回、僕が持っていたオーシャンブリッジの株式は全てノーチラスさんに譲渡しました。でも、このM&Aは、会社の吸収合併ではありません。そもそも二社の経営統合はしません。あくまで資本・業務提携です。今後もオーシャンブリッジはオーシャンブリッジとして、ノーチラスはノーチラスとして存続します。オーシャンブリッジの社名も、オフィスも、社員もそのままです。特に社員の雇用の維持は、M&Aの候補先選定の大前提でした。

ノーチラスさんは、Hadoopや分散処理技術に関する尖ったテクノロジーを持ったエンジニア志向の会社です。オーシャンブリッジと同じエンタープライズIT市場の会社ですが、オーシャンブリッジとは強みもカルチャーも全然違います。

だからノーチラスさんとしては、オーシャンブリッジの持つ営業の仕組みや、代理店、顧客などの資産、売れるプロダクト、それを技術サポートしていく力といった強みを、自分たちの強みと組み合わせて事業シナジーを出すことで、2つの会社が切磋琢磨しながらともに成長していきたいという意向です。

そして、オーシャンブリッジから見ると、今後はノーチラスさんとの事業シナジーが期待できるだけではなく、ノーチラスさんから中田さんたちを取締役として迎えることで、新規事業開発を加速し、営業体制を強化し、財務面も強化できます。

●高山の今後

僕はこのM&Aを機に完全にビジネスの世界から身を引こうと考えていました。昨年、がん闘病に関する本「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」も出版したので、がんの啓発活動に軸足を移そうと思っていました。

でも、オーシャンブリッジの取締役にも就任していただいたノーチラスの中田さんから、「ぜひM&Aの後も『ファウンダー』として会社に残って欲しい」、とオファーをいただきました。経営陣に対するアドバイザー、顧問のような役割です。

正直なところ、今の自分にどこまでできるか分かりませんが、これまでと違う立場で何かオーシャンブリッジの役に立てるのであればと思い、ありがたくオファーをお受けすることにしました。主に新規事業開発面で、新経営チームをパートタイムでサポートさせていただくことになります。

創業経営者にとって、会社は自分の子どものようなものだとよく言われます。でも自分にとっては、2度のがんも経験し、文字通り命をかけて育ててきたという意味で、子ども以上の存在だったかもしれません。自分のアイデンディティそのもの、自分自身でした(本にも書きましたが)。

その自分自身でもあるオーシャンブリッジの未来を託す相手として、長い時間と労力をかけて検討してきたさまざまな可能性の中から、ノーチラスさんを選びました。ノーチラスさんは、ともに成長を目指せる、また今後のオーシャンブリッジを託せる、信頼できるパートナーだと心から信じています。

僕自身は経営から退きますが、オーシャンブリッジは新たな株主と経営チームを得て、これからさらに発展していってくれるはずです。これからのオーシャンブリッジもよろしくお願いします。

●オーシャンブリッジのお客様やパートナーのみなさまへ

このブログは、オーシャンブリッジのお客様やパートナー様もお読みくださっているかと思います。中にはオーシャンブリッジ創業前のDMLのNet-It事業部のころからのお付き合いの方もいらっしゃるでしょうか。最近になってお付き合いさせていただくようになった方もいらっしゃるかもしれません。

そうした全てのみなさんの応援がなければ、吹けば飛ぶようなオーシャンブリッジが、変化の激しいIT業界で16年もやってくることはできませんでした。みなさんがいなければ今のオーシャンブリッジはありませんでした。心から感謝申し上げます。

そしてこれからの新生オーシャンブリッジも、引き続きよろしくお願いいたします。これまでお世話になり、また僕の健康面でご心配をおかけしたみなさまと、また一緒にお仕事をすることができないのは本当に無念です。でも新生オーシャンブリッジは、これからも「つかえるITを、世界から。」のミッションのもと、もっとユニークで便利なソフトウェアやサービスを見つけてきて、みなさまを驚かせてくれるはずです。

これまで本当にありがとうございました。そしてこれからもオーシャンブリッジをどうかよろしくお願いいたします。

またどこかでお会いしましょう!


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高山の著書

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脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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