株式会社オーシャンブリッジ ファウンダー
高山 知朗 (たかやま のりあき)
2011年06月10日
XLABでのビジネスの初日は、XLABが入居しているリュブリャナ・テクノロジー・パークの責任者、Iztok Lesjak氏への表敬訪問から。
リュブリャナ・テクノロジー・パークは、いわゆるベンチャーのインキュベーション施設です。オフィスの提供に限らず、バックオフィスサービスの提供やコンサルタントの派遣など、スタートアップ企業向けにさまざまなサービスを提供しています。
ランチは昨日と同じイタリアンレストランで。この日はたくさんのメンバーが参加してくれました。
ランチの後は、スロベニア商工会議所(Chamber of Commerce and Industry of Slovenia)を訪問。Centre of CompetitivenessのArea Director、Marko Jare氏と、Association of Informatics and TelecommunicationsのDirector、Dusan Zupancic氏が、日本・スロベニア間の貿易の状況や、スロベニアのIT業界の動きなどについて説明してくれました。
会議室には、日本の国旗と、日本・スロベニア間の貿易状況を説明するプレゼンが用意されていました。これはうれしかったです。
夜は社長のJure、CTOのDamjanとともに、メニューのないレストランへ。そのときに仕入れた素材で料理を作ってくれます。
その後、みんなでバーへ。遅くまでなんだかんだとしゃべっていました。
そして翌日は、XLABでのミーティング最終日です。
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【投稿者】nori 【コメント】コメント (0)
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ(幻冬舎 税込1,188円)
脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。
高山知朗(のりあき):
1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。
アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。
2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。
2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。
2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。
2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。
2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。
現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。
メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)
※病気や治療に関するご相談はメールでもSNSでも一切お受けしておりません。仮に質問などをお送りいただいてもご返事できかねます。私もあくまで一患者であり医療関係者ではありませんのでその点ご理解ください。
※過去の記事も上記リンクからご覧いただけます。
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