2014年02月28日

患者に対する周囲の勝手な期待と、理解されない患者の苦労

昨日、こんなブログ記事を書きました。

▼ギリギリの毎日を生き切る

これを書いた意味は、一つには「こう見えて、僕も大変なんですよ!」と言いたかった、というのも正直なところあるのですが(笑)、もう一つは、病気をした人は、多かれ少なかれこういう経験をしたり、こういう思いをしたりしているんじゃないかなあ、と思ったからでもあります。

つまり、なかなか自分の苦労や大変なことが周りに伝わらず、理解もされずに、もどかしい思いをしている患者さんや元患者さんは多いんじゃないか、と思ったのです。で、この記事を書くことで、その気持ちを代弁することになるのではないか、と考えたのです。

健康な人は、病人や元病人を見ると、0か100かで見る傾向があるように思います。

お見舞いの時などに患者さんに会って、自分が思っていたよりも元気だと、「この人はもう元気で大丈夫だ」と100と認識してしまいます。ポジティブな要素を見つけると、それを一事が万事とばかり拡大解釈して、全てが大丈夫、と思ってしまいがちです。そしてお見舞いから帰ると、周りの人に「思ったより元気そうだったよ!」「顔色もよかったよ!」と伝え、その感想が一人歩きしていきます。

逆に、自分の期待と異なるネガティブな要素には目をつぶりがちです。副作用で辛そうだった、点滴の数がすごかった、等々。そうした要素は周りの人にもそれほど伝えられません。

元気そうに見える患者さん本人は、いろいろと大変な苦労を抱えながら、無理をして、その「一見元気そうな状態」を見せているのだと思います。実際は、本人としては100のうち40程度の状態かもしれませんし、もしかすると20かもしれません。それを、せっかくお見舞いに来てくれた友人に少しでも元気そうなところを見せようと、できるだけ100に見えるように無理してがんばります。

昨年の悪性リンパ腫・白血病での入院中に、お見舞いに来てくれた友人から、「なかなか来られなくてゴメンね!この間お見舞いに来た◯◯から聞いて、元気だってことは知ってたんだけど」と言われたことがあります。自分としては、廊下を歩くのもやっとという頃で、とても元気というイメージではなかったのですが、「ああ、そういう風に伝わっているんだなあ」と違和感を感じてしまいました。もちろん、わざわざお見舞いに来てくれたことはとてもうれしかったのですが。

また、僕が2年前の脳腫瘍手術後に仕事に復帰した時、何人かの方から「完全復活はいつですか?早く飲みに行きましょう!」とよく聞かれて、答えに困ったことがあります。回復というのは本当に少しずつです。0が突然100になることはありません。いつどのような回復状態に至るのかは、なかなか予想ができません。

そして病気になる前の状態を100%、完全復活とするならば、完全復活に至ることはあまりないと思われます。

少しずつ回復しながら、日常生活を無理なく送れるレベルを目指すというのがまずは現実なんだと思います。そのレベルが40なのか60なのか90なのかは、人によって、また病気や治療期間などによっても異なると思いますが。

僕の場合、脳腫瘍摘出手術の後遺症である視覚障害については、独自のリハビリで少しずつ回復してはいるものの、完全に元に戻ることはないでしょう(だから車は運転できないので昨年売ってしまいました)。

悪性リンパ腫・白血病の化学療法中に発症した帯状疱疹後神経痛も、完全に痛みがなくなることはないようです。残念ながら。

でも、なんとか日常生活は送れています。仕事にも、いずれ少しずつ復帰できるものと思います。

脳腫瘍摘出手術後、東京女子医科大学病院を退院する際に、主治医の村垣先生に言われました。

「退院して仕事に復帰すると、周りの人はみんな、病人だったことなんか忘れてどんどん仕事を振ってくるでしょうから、がんばって断って、自分の身を守りましょうね(笑)」

お陰さまで僕自身は、昨年の入院中にオーシャンブリッジの社長から会長に退いたこともあり、今は仕事を完全に新経営陣以下のスタッフに任せて、のんびりしていられます。先日、経営陣に「そろそろ、毎週のミーティングに出たいんだけど」と言ったら、「会社のことは私たちに任せて、高山さんは療養に専念してください!今は身体を治すのが仕事だと思ってください!」とみんなにはっきりと断られました(笑)。ありがたいことです(笑)。

でも、そういうわけにはいかず、病気の後に早期に職場に復帰して、周りの期待と自分ができることのギャップに苦しんでいる人もいるのではないかと思います。

そんな元患者の方に「そうそう!」と思ってもらい、周りの人にそんな苦しい状況を理解してもらうための助けになればとも思って、前回の記事と今回の記事をを書いたという次第です。

もちろん、お見舞いに来てくださった方々からは、本当にたくさんの元気をもらいましたし、励まされました。みなさん、本当にありがとうございました。

ただ、自分が患者の立場になって初めて感じたことを、そして他の患者さんや元患者さんも感じているかもしれないことを、みなさんとも共有できればと思って書きました。

だから、健康なみなさま。

もし周囲に、現在闘病中の方や、以前闘病されていた方がいらっしゃったら、表面に見えないその方の苦労や辛さにも、少しでいいので意識を向けてあげてください。そして声をかけてあげてください。

外から見えない部分で、いろいろなご苦労をされている患者さんや元患者さんにとっては、「痛みはどう?」「今は身体で辛いところはない?」「階段、大丈夫?」「駅まで肩貸そうか?」というようなちょっとした気遣いの言葉は、大変うれしいものだと思います。

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投稿者 南姫 : 2014年3月 2日 21:23

全く同意です。
高山さんが書かれている以上に申し上げることはありません。
いいね!しました。

投稿者 オーシャンブリッジ高山 : 2014年3月 3日 10:06

南姫さん、ありがとうございます。
やはり同じように感じられていたんですね。
そういう患者さんは多いのではと思っています。
患者にならないと分からない気持ちですよね。
コメントありがとうございます!

高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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