2015年02月12日

アメリカからのもう一人のメンターの言葉/腎機能が改善/残ったのは痛みと辛さだけ:白血病・悪性リンパ腫闘病記(73)

前回の闘病記からの続きです。

入院中に家内が買ってきてくれた鶏弁当

◼︎2013年9月9日(月)。入院120日目。抗がん剤治療開始から112日目。

朝、主治医のGY先生が来て、この頃問題になっていた腎機能の数値が、ようやく減少傾向に転じたと教えてくれました。4.0が3.8に下がったとのこと。それでも通常値は1未満なので、依然高いことには変わりありません。

午後、オーシャンブリッジのアメリカのパートナー企業であるIGC社のCEOであるGaryが、オーシャンブリッジの持木君と一緒にお見舞いに来てくれました。出張の合間のスケジュールを縫ってわざわざ来てくれました。

ちょうど家内と娘も来ていたので、久しぶりに成長した娘の姿も見てもらえました。

Garyとは、僕がオーシャンブリッジを設立する前にいた会社の頃からの付き合いです。経営者としても人生においても先輩で、日本やアメリカで会う度に、公私にわたっていろいろな話をしてきましたし、僕の人生を変えるようなアドバイスをたくさんもらってきました。

ついこの2日前にやはりアメリカから来てくれた吉川さんと同様、僕がメンターと慕う人物の一人です。

Garyは以前、日本に来る度に、ディナーの席で、共働きで仕事に明け暮れる僕と家内に向かって、いかに自分の子どもを持つことが素晴らしいかをとうとうと語ってくれました。「親の人生も変わる。子どもの目線で世の中を捉え直すことになる」などと教えてくれました。僕ら夫婦に子どもの素晴らしさを教えてくれたのは彼です。

だから、家内のお腹に子どもができたとき、親族以外で最初に連絡したのはGaryでした。彼は本当に自分のことのように喜んでくれました。

そんなGaryに、病院という場ではありましたが、久しぶりに娘の成長した姿を見てもらえ、みんなで楽しく話ができて、幸せな時間でした。娘の父親となった今、あの時の彼の言葉が心から理解できます。

今考えると、アメリカにいるメンターの二人が、同じ時期に連続してお見舞いに来てくれたのは不思議な偶然でした。

この日は夜になって、また38.8度の熱を出してしまい、解熱剤のカロナールを飲みました。


◼︎2013年9月10日(火)。入院121日目。抗がん剤治療開始から113日目。

この日も朝から38.4度の熱。

朝、担当医のMY先生が来てこんな話をしていきました。

腎臓の数値はピークアウトしましたね。このまま一週間ほど治療を続けて、以前の数値まで戻しましょう。

熱は風邪かもしれません。自分の治癒力で治すしかない風邪でしょう。

結局この日は一日中すごい寒気と倦怠感があり、夕方には解熱剤を点滴してもらいました。


◼︎2013年9月11日(水)。入院122日目。抗がん剤治療開始から114日目。

夜、たくさん寝汗をかいたので、朝8:30からシャワーを浴びました。

でも引き続き熱は高く、昼過ぎには38.2度ありました。解熱剤のカロナールをまた飲みました。


◼︎2013年9月12日(木)。入院123日目。抗がん剤治療開始から115日目。

朝、MY先生が来てくれました。

腎臓の数値は下がってきましたね。少しずつです。辛抱強くこのままでいきましょう。

風邪はもう治りかけかと思います。

帯状疱疹後神経痛の痛み止めの点滴は、流量を増やすなど、看護師さんに言って自由にやっていいですよ。

今は我慢の時期です。しっかり治療して、早く職場復帰など果たしましょうね。

腎機能障害や発熱や帯状疱疹後神経痛など、いろいろありましたが、MY先生の言葉に勇気付けられました。「お若いのに本当にちゃんとした先生だなあ」と改めて思いました。

ただこの頃は食欲もなく、この日も夕飯は蒸しパン一個でした。


◼︎2013年9月13日(金)。入院124日目。抗がん剤治療開始から116日目。

腎機能障害で増えていた体重も一転、減少に転じました。この日の朝は54.9キロ。

MY先生によると、

体重が減ってきましたね。食欲がないのは腎臓の影響もあるかもしれません。

とのこと。

この日もお昼は食欲がなく、家内が買ってきてくれた天然酵母パンを無理やり水で流し込みました。

それでも、夜には家内の差し入れの鶏弁当を7割ほど食べることができました。食欲がなく、パンが続いていたので、久しぶりにお米を食べました。

この頃に見た映画は「シュガーラッシュ」と「アイアンマン3」でした。


◼︎2013年9月14日(土)。入院125日目。抗がん剤治療開始から117日目。

この日は家内が娘を連れて来てくれました。

夕飯には、家内が買ってきてくれたロールキャベツをいただきました。8割ほど食べられました。

入院中に家内が買ってきてくれたロールキャベツ

でもこの頃は本当に食欲がなく、こんなことを考えていました。

食欲が減って、食べる楽しみがなくなって、あとは痛いのとか辛いのとかだけになってしまった。
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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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