2017年09月19日

医師の言葉ががんを治す/治る!スイッチ

先週の9月15日金曜日は、前回から一週間ぶりの外来診察でした。

今回もまだ歩行や体力に不安があるため、妻に付き添ってもらって行きました。

採血が終わり、結果が出るまでの1時間は、いつものように虎の門病院裏のスタバで診察待ち。奥さんと今回の診察での質問事項などをメモをもとに確認しました。

虎の門病院裏のスタバにて

時間を見計らって診察室前の待合ロビーに移動したんですが、まだまだ自分の順番は先でした。ということでベンチで座って、診察用のメモを見返すなどしていたら、なんと血液内科部長の谷口修一先生が通りかかられました。

お互い気づくなり、谷口先生は僕の顔を見て

「顔の色、少し黒くなったね。黒いでしょ?(妻を見て)」

続けて、

「それがいいのよ。それ、皮膚のGVHDだから。移植したさい帯血ががんばってるところ。それでがん細胞もやっつけちゃうから。」

と言った谷口先生。この言葉はうれしかったです。

というのも、一連のさい帯血移植治療を終え、寛解(検査では白血病細胞が見つからない状態)となった僕には、再発を防ぐための治療はありません。そして悪いことに、僕の白血病は非常に再発が多いタイプです。

再発を防ぐ唯一の方法は、抗がん剤治療(前処置)後も生き残っているしぶとい白血病細胞を、移植したさい帯血の強力な免疫反応でやっつけてもらうしかないのです(GVL効果/移植片対白血病効果)。

谷口先生は、そのGVL効果が十分出ていることを、僕の顔色を見ただけで見抜きました。GVL効果がどれだけ出ているかは、患者自身には分かりません。だからこそ、これまで数え切れないほどの移植治療に携わってきた谷口先生の経験に根ざしたこの言葉には、非常に励まされ、勇気づけられました。

さい帯血のGVL効果で、白血病細胞を駆逐できるんだ!と改めて確信することができました。

そして、優秀なお医者さんは、やはり患者をよく観察しているんだな、と改めて感心しました。よく、「診察でも患者の顔を見ずにパソコンの画面ばかり見ている医者が多い」などという記事を見かけますが、虎の門病院ではそんなことを感じたことはありません。それよりも、担当医の湯浅先生から自分も気づいていない症状を指摘されて、そこまで患者を観察しているのか、と驚いたことが、入院中も何度もありました。

別れ際に谷口先生は、

「あれ見てるよ、ブログ。」

と言いました。僕は

「いつも『いいね!』をありがとうございます。」

とお答えしました。

その後、順番が来て、山本先生の診察室へ。

まずは僕から近況報告です。

前回の診察以降、カロナール(解熱剤)の定時服用をやめたけれども、特に38度を超えるような高熱が出ることもなく、37.0度前後で落ち着いていることを報告。

山本先生は、「37度前後の微熱は、やはりGVHDの熱でしょう」とのこと。前回も説明があった通りです。カロナールは引き続き、高熱が出たときのレスキュー(頓服)として使います。

そして、味覚障害がかなり改善してきて、食欲も出て、体重も増えてきていることも報告。

続いて血液検査の結果の確認です。山本先生のお話。

肝臓の数値(GOT、GPT、LD)はまだ高いですが、少しずつ低下してきています。肝臓の数値が高いのもGVHDの影響なので、それが治ってくれば数値ももっと下がるでしょう。

CRPは前回の1.1から0.5に下がっています。

血球については、白血球が5,200と問題なし。

赤血球は前回から少し増えて3.30。ヘモグロビンは前回と同じく10.6。これらは少しずつ増えていくでしょう。

血小板は71。これも少ないですが少しずつ増加傾向です。

ただ一点、尿酸値が8.9と上がっています。治療の影響ですので、今回、尿酸値を下げる薬(フェブリク)を出しておきます。

続いて、内服薬の確認。僕のほうで、もうそろそろやめてもいいんではないかと思う薬がいくつかあったので、それらの薬について相談しました。その結果、シングレアとシプロキサンという薬が中止となりました。

それ以外にもやめられないかな?と思って先生にお聞きした薬もあったのですが、それはまだ免疫力が低く感染のリスクが高いということで、継続となりました。つまり抗生剤関係ですね。

また、免疫抑制のために内服しているステロイド剤のプレドニゾロン(現在5mg/日)が、毎日服用から、週4日だけの服用と、実質的な服用量が大幅に減りました。このプレドニゾロンは今後の血液検査やGVHDの出方も見た上で、近々やめることになります。

免疫抑制剤をやめるということは、移植したさい帯血が僕の体を攻撃する力が強くなり、GVHDの症状が強くなることを意味します。ただそれと同時に、さい帯血が体内に残った白血病のがん細胞をやっつけてくれるGVL効果が高まることにもなります。その意味で、早くプレドニゾロンもやめられればうれしいです。

その他、帯状疱疹後神経痛の痛み止めにずっと飲んでいる医療用麻薬のオキノーム(頓服薬)を、入院中に、長時間効果が持続するオキシコンチン(オキシコドン)との組み合わせに変えました(オキシコンチンは朝晩定時、オキノームはレスキューで痛いときに服用)。

そしてオキシコンチン(オキシコドン)を定期的に飲むことの副作用で、予想通り便秘の症状が出てきました。その対応のために酸化マグネシウム錠を追加で処方してもらいました。

そうして一通り、今回の診察でお話ししなければならないことが終わった後、先生に大切な質問をしました。

「非常に質問しにくいことで、かつ、先生も答えにくい質問だとは思うのですが・・・」

と前置きして。

僕は、最初に「治療関連急性骨髄性白血病」と診断され、さらに、複雑核型(染色体異常)だとも言われました。治療関連の白血病であることも、複雑核型であることも、ともに予後は悪く、つまり再発率が高く、長期生存率は30%とお聞きしたと記憶しています。

いま、さい帯血移植治療が成功して、退院することもできたという僕の現状を見たときに、先生は僕の現時点での長期生存率は何%だと思われますか?

山本先生は「そうねー」と少し考えながらこう答えてくれました。

恐らく再発率は3割。つまり7割は大丈夫ということですね。長期生存率が7割です。

このタイプは治療から1年前後での再発が多くなります。そこを乗り越えられればいいですね。

また、高山さんの場合、白血病そのものではなく、合併症によって死ぬ確率は、数%程度だと思いますよ。

この「長期生存率7割」という先生の言葉には、なんというか言葉にできない喜びを、心の奥で感じました。

治療関連死が2〜3割もある厳しいさい帯血移植治療をなんとか乗り越えて、退院しても、さまざまなGVHDの苦痛に耐え、再発の恐怖に怯えながら生きていかなければならないのが、移植患者の宿命です。

でも、「長期生存率7割」という先生のお言葉を聞いて、本当に安心しましたし、これからも長くいきていけるんだという希望が改めて大きくなりました。

健康な方から見ると、「3割も再発の可能性があるなんて恐ろしい」と思えるかもしれません。

でも、最初に「長期生存率は3割」「移植治療自体が原因での治療関連死が2〜3割」という厳しい現実を突きつけられた上で、何とか生き延びたいと苦しく辛い移植治療を一つ一つ乗り越えてきた身からすると、この「長期生存率7割」は、十分大きな数字です。絶対にそこに入ってやる、絶対に生き残ってやる、と確信を持って言える数字です。残りの3割は目に入りません。とにかく7割に入るのみです。

患者に対して安易なことは絶対に言わない山本先生の言葉だからこそ、「長期生存率7割」という言葉にはまた一層価値があります。

この言葉をお聞きして、自分の中の「治る!スイッチ」がまた一つオンになったように思います。

前述の谷口先生の言葉もそうです。

「それ、皮膚のGVHDだから。移植したさい帯血ががんばってるところ。それでがん細胞もやっつけちゃうから。」

これを聞いて、「本当に僕の中のさい帯血は白血病細胞をやっつけてくれているんだろうか・・・」という疑問が吹っ飛び、実際に自分の体の中でGVL効果が起き、白血病細胞が駆逐されつつあるということを心から確信することができました。ここでも「治る!スイッチ」が一つオンになりました。

今回の外来診察では、谷口先生と山本先生からのお言葉でしたが、入院中は担当医の湯浅先生からも、「治る!スイッチ」がオンになるお言葉をたくさんいただきました。

そうした言葉は、これからこのブログで書き始める、詳細な「急性骨髄性白血病 さい帯血移植 闘病記(仮)」の中でご紹介していきたいと思います。

信頼して治療をお任せしている医師からの、こうした「生き延びる確信」を強めるような言葉、「治る!スイッチ」がオンになるような言葉は、患者にとって非常に非常に大きな意味を持ちます。治るんだ、治せるんだという気持ちが強くなれば、治療への向き合い方も変わりますし、回復も早いと思います。

3回のがん闘病を経験して、僕が闘病で一番大切だと思うのは、「人生の目標」、別の言い方をすると「治らなければならない理由」です。

僕の場合、「13年後の娘の二十歳のお誕生日に娘と妻と僕の三人でおいしいお酒で乾杯する」が人生の目標であり、いま死ぬわけにはいかない理由です。

でもこの「人生の目標」が確固としたものであったとしても、現実の厳しい治療成績(生存率)や、自分の治療の経過を見たとき、あるいは副作用や免疫反応、GVHD等で、生きているのも辛いくらい苦しいときなどに「絶対に治るんだ」という確信が揺らぐことがあります。

そんなときに、先生から「治る!スイッチ」がオンになるような言葉をいただくと、一気に気持ちが前向きになり、人生の目標を達成するんだ、病気を乗り越えるんだという意志が改めて強固なものになります。そうした気の持ちようも、厳しいがん治療では非常に重要だと感じています。

ということで、この日は、先生方からいろいろいいお言葉をいただき、長く生き延びる確信を強めることができたよい外来診察日でした。

病院からの帰りは、僕の希望で、ちょっとがんばって電車で帰ってみました。

虎の門病院からの帰りの溜池山王駅

まだ妻の同伴がないと駅や電車内は怖いのですが、まずは電車で帰って来られただけで前進です。少しずつ体力・筋力も回復しています。少しずつ行動範囲も広げていきたいと思います。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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