2017年10月16日

再々々入院から退院しました/入院中に一番欲しかったもの

昨日、10月15日(日)に無事に虎の門病院から退院してきました。高熱で緊急入院したのが9月24日(日)でしたので、入院期間はちょうど3週間でした。思いのほか長い入院となってしまいました。

3週間ぶりの家族での食事

思いがけなく長引いた理由は先日下記の記事に書いた胃腸の感染症と血圧の急激な低下です。

▼まだ入院中/医者から見ても死にかけた自分/記号化し氷山の一角となった苦痛|オーシャンブリッジ高山のブログ

この10月4日(水)に書いた記事以降も、血圧がもとのレベルに上がるまで、昇圧剤(ノルアドレナリン)を続けました。一日三回の血圧測定で、血圧が基準となるレベル(上が110)を上回ったら、昇圧剤の点滴の流量を減らす、ということを繰り返し、流量がゼロになったら昇圧剤の点滴は終了です。毎回、看護師さんと一喜一憂しながら血圧計を覗き込む日々でした。そして、思ったより時間がかかりましたが、ようやく10月10日(火)に昇圧剤の点滴は終了となりました。

そして、胃腸の感染症の原因となった細菌(恐らく常在菌による日和見感染とのこと)を完全にやっつけるために続けてきた抗生剤の点滴も、昇圧剤の点滴をやめた翌日の10月11日(水)に終了しました。

しかし、抗生剤をやめると、またすぐに感染症がぶり返してしまうこともあります。移植後の患者のように、自分自身の免疫力が十分でないと、抗生剤をやめた途端、残っていた細菌により感染症が勢いを取り戻し、それを自分自身の免疫力が抑えきれなくなってしまうという状況です。

そうならないために、12日(木)、13日(金)と様子を見た上で、もう大丈夫でしょうということで昨日、10月15日(日)に退院となりました。

7月17日(月)に、急性骨髄性白血病のさい帯血移植治療を終えて退院して以降、入退院を繰り返すことになってしまいました。

1回目の再入院は1週間(感染症による発熱)

2回目の再々入院は3週間強(感染症からの気管支肺炎)

3回目の再々々入院は3週間強(感染による胃腸炎と血圧低下

まさか、さい帯血移植後に退院してから、短期間に3回も、しかも合計2ヶ月近くも再入院することになるとは思いませんでした。

でも、昨日、病室で退院の準備をしながら、また帰りのタクシーで外を見ながら考えていて、「もう入院生活に戻ることはない」という直感を感じました。再入院も今回の苦しかった3週間で終わりという予感です。

さい帯血移植に始まり、3度の再入院につながる一連の闘病で、僕が経験すべきこと、学ぶべきことは全て終わったのではないかという気がしています。

逆に、また熱を出して再入院、となったら、まだまだ僕の経験や学びが足りないということなのかもしれません。そうならないことを願いますが・・・。

退院した昨日の夜は、久しぶりに家族で食卓を囲みました。当たり前ですが、カーテンに囲まれた病室のベッドの上で、一人で食べる病院食とは格段においしさも楽しさも違います。

そして食後には、いつもお世話になっている近所のパティスリーヴェルプレさんのケーキで、妻の3日遅れの誕生日祝いをしました。僕の退院祝いも兼ねてくれました。

ママのお誕生日のお祝いも兼ねてヴェルプレさんのケーキ

やっと家族と一緒の普通の生活を取り戻すことができました。これが、入院中、僕が一番欲しかったものです。「退院すれば家族との楽しい生活に戻れる」というのが、僕の入院生活を支える希望でした。苦しいとき、つらいときは、ベッド脇に飾ってある家族写真を見て、「何としても退院して、家族三人での生活を取り戻すんだ」と何度も自分に言い聞かせました。

そして、僕の人生の目標は、こうした家族三人での平穏な暮らしを積み重ねた先にある娘の二十歳の誕生日を、娘と妻と僕の家族三人でおいしいお酒で乾杯してお祝いすることです。どんなに辛く苦しいときも、この目標があったから乗り越えられました。この目標があったから、肉体的に激しい苦痛があっても、精神的に折れること、病気に対する戦意を喪失することはありませんでした。

この人生の目標は、僕の心を一番下で支えている基盤です。非常に硬く、厚く、どんなことがあっても割れません。どんな苦痛も、困難も、この基盤に穴を開けることはできません。何ものも、傷一つつけることはできません。

この人生の目標を達成するまで、あと13年しかありません。一度再入院すると1〜3週間も、家から、娘から離れてしまいます。その間も娘はどんどん成長していきます。

また今年の娘の夏休み期間中は、僕はほぼ病院にいたので、遠出するなどして夏休みの思い出を作ってあげることもできませんでした。

これから、娘の成長を見守り、家族で幸せな思い出をたくさん作るためには、入院で時間を使っている余裕はありません。

もう入院はたくさんです。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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