2019年03月12日

長引く高熱で、久しぶりに入院を覚悟

ここ数日、熱を出して虎の門病院を行ったり来たりしていました。

先々週から発熱

先々週から熱っぽく、3月1日の金曜日には37.8度、土曜日には38.4度、日曜日には38.9度まで上昇。

久々の点滴

しかし過去の経験上、土日に救急で病院に行くと、長時間待たされたりして大変なので、月曜日までなんとか耐え忍ぶ。

週明けを待って病院へ

先週の3月4日月曜日の朝一番に病院に電話し、湯淺先生につないでいただいたところ、「こちらに来ていただいた方がよさそうですね」という予想通りのご返事だったため、タクシーで病院へ。ちなみにこの時点でも体温は38.4度。

病院に着き、いつもの採血は素通りして内科外来の受付に。そこで湯淺先生に連絡を入れてもらい、先生の指示で内科処置室へ。

そこで血液培養検査等の採血をした後、レントゲン撮影。処置室に戻ってくるも、座っているのも辛いためベッドに横にならせていただく。

湯淺先生の診察

ベッドでうとうとしていると、血液検査の結果が出たのに合わせて、処置室に湯淺先生登場。改めてこれまでの経緯(体温の変化、娘がしばらく前から風邪をひいて薬を飲んでいたが、やっと治ってきたこと、もしかしたらその風邪をもらってしまったかもしれないなど)を伝えました。

湯淺先生。

血液検査を見ると確かにCRPは上がっているんですが(3.4)、特にインフルエンザウイルスや細菌などは検出されていないんですよね。

そうすると、可能性としては、高山さんの言う通り、娘さんの菌をもらってしまったのかもしれません。娘さんがよくなってきているのであれば、同じ薬を出しましょうか。

ということで抗生剤のクラリスロマイシンを処方してもらいました。

病院からの電話

しかしその翌日の5日火曜日、病院から自宅に電話がかかってきました。ちょっと驚きました。過去に病院から電話がかかってきたのは、2年前に診察の際、念のため受けた骨髄検査で、急性骨髄性白血病が見つかったとき以来です。あの時は、「結果は数日後の診察で」という話だったのを、僕の性格をよくご存知の主治医の山本先生は、「悪いニュースだからこそ1日でも早く伝えるべきだ」と電話してきてくださったのです。

そういった過去があったので、「また悪いニュースではないか」と思いながら電話を取ると、担当医の湯淺先生でした。そして湯淺先生は予想外のことを話しました。

高山さん、昨日採血した血液培養検査で、グラム陽性菌という菌が出てしまいました。でもこれは、人の体に常に存在する常在菌でもあるので、採血時に血液に混入しただけかもしれません。あるいは実際に高山さんが感染してしまっているのかもしれません。

今から明日まで、熱が出ても解熱剤(カロナール)は飲まないようにして、明日朝の熱が高いようであれば、感染の可能性が高いので、明日から入院してください。1週間の入院で点滴をします。

明日の朝の時点で熱が高くないようであれば、グラム陽性菌の感染ではないと思われます。

入院を避けたい2つの理由

久しぶりに先生から入院という言葉を聞いて恐怖を感じてしまいました。当然のことですが、入院病棟には、辛い思い出がたくさんあります。自分の治療の経験も、患者仲間との別れも。できる限り入院は避けたいという気持ちが強いです。

そしてもう一つ、入院を避けたかった理由があります。近々、娘の誕生日のお祝いで出かける予定があります。もし1週間の入院になった場合でも、この翌日からの入院なら、ギリギリそのお出かけに間に合うかもしれません。湯淺先生はそこまで考えてくれていました。

ただ実際、入院中は何が起きるか分かりません。1週間の予定でも、数日の退院延期はよくある話です。また今ですら体力のないところに、また1週間入院生活となってしまえば、歩くのもさらに大変になってしまいます。退院後すぐのお出かけは大変厳しいです。

とにかく熱が下がって欲しい、入院したくない、と思いながらその夜は寝ました。

果たして翌朝の体温は?

翌6日水曜日の朝。

幸いなことに、熱は37.0度でした。平熱よりは高いですが、ここ数日では低い値です。これなら大丈夫だろう、と考えて、病院には電話せずに様子を見ることにしました。

それでも高熱は続く

しかしその日の夜になると、また熱は38.1度に上がってしまいます。「明日の体温次第ではやはり病院に電話したほうがいいか・・・」と考えていました。

翌7日木曜日。朝は平熱(36.4度)でしたが、やはり夜になると37.9度と熱が上がります。

そんな日々が続いていましたが、前回3月4日の診察の際に、発熱の状況を診るために次の診察予約を11日月曜日に入れてもらっていたため、そこまでは粘ろうと、38度前後の熱を出しつつ家で週末を過ごしました。

湯淺先生から電話をもらった日の翌朝には熱は出なかったものの、結局はその後高熱が続いています。そのため、場合によってはまだ入院の可能性があるのでは・・・と恐る恐る病院へ行くことになります。

湯淺先生の診察

そして昨日、11日月曜日。湯淺先生の診察です。

やはり内科処置室で、血液培養検査を含めた採血を何本も取ってから、ベッドへ。

ラクテックの点滴2本(30分+2時間)の後、抗生剤セフトリアキソンの点滴を打ってもらいました。そして血液結果が出るのを待ちます。

久しぶりの点滴

内科処置室の看護師さん、Uさん

この日も、内科処置室でいつもお世話になっている看護師さんのUさんがいました。Uさんの息子さんとうちの娘は同い年、同じ月生まれなので、よく子どもの話をするんですが、今回も「やっぱり男の子と女の子は違う!」という話になりました。

検査結果はいかに


そして検査結果とともに、湯淺先生が登場。

検査の結果としては、特に細菌やウイルスへの感染は見つかりませんでした。

また先日の血液培養検査で検出されたグラム陽性菌は、やはり感染ではなく採血時の混入とのことでした。

血液培養検査でも分からないことの多い細菌・ウイルス感染

しかし、こうなると、なぜ高熱が続いているのか原因が分からなくなってしまいました。炎症反応を示すCRPは前回の2.8から3.4に上がっているので、何らかの細菌(あるいはウイルス)に感染して、炎症を起こしていることは間違いないはずです。

一方、僕の個人的な経験上、発熱して感染を疑って血液培養検査をしても、結局は細菌やウイルスが見つからず、原因不明、となることは少なくありません。いくつか当たりをつけて抗生剤を試す中で、結果的に熱が落ち着いてくるのですが、それが抗生剤の効果なのか、自分の免疫力のお陰かは分からないのです。

その前提で、今回も抗生剤としては、セフトリアキソンの点滴を打ってもらい、レボフロキサシン(クラビット)の内服薬を処方してもらいました。

とりあえず、入院治療の必要はなくなりました。

娘は夕方、わざわざ病院にいる僕に電話をかけてきて、「パパ、入院どうだった?」と聞いてきました。僕が「入院しなくて良くなったよ!お誕生日は一緒にお祝いできるよ!」と言ったら、電話口で「やったー!わーい!」と大喜びしていました。

その抗生剤のお陰か、現時点(12日火曜日13時)では、36.5度と平熱を取り戻しています。

いつものパターンだと、朝昼は平熱でも、夕方から夜にかけて熱が上がるというパターンが多いので、今日はこのまま、夜まで平熱を維持したいと思っています。

移植後2年経っても体調は不安定

それにしても、移植からもうすぐ2年が経過する今の段階でも、まだこのように体調が不安定で、場合によっては入院の可能性もあるということを考えると、急性骨髄性白血病さい帯血移植は、なかなか大変な治療だということを再認識します。体重も体力も元のようには戻りません。免疫力も低いままのため、今回のように感染しやすく、感染すると治りにくいです。

命をつないでくれたさい帯血ドナーさん、そして先生に感謝

とはいえ、移植のお陰で、移植したさい帯血が、僕の体の中の白血病細胞をやっつけてくれたため、命がつながったということが一番大切なことです。高熱を出したりその中で通院したりすることはもちろん大変なのですが、それも生きているからこそです。

改めて、僕にさい帯血を提供してくださったさい帯血ドナーのお母さんと女の子には感謝してもしきれません。

そして、忙しい中、何度も予約外で診療してくださり、しかも僕の家族の予定までも考慮して治療を考えてくれる虎の門病院の湯淺先生にも、改めて感謝申し上げます。

まだまだ体調を崩しやすい現状では、電話で相談していつでも診てもらえるという安心感は本当に大きいものです。

いろいろな方のお陰で、僕の今日いちにちがあります。みなさん本当にありがとうございます。僕は今日もなんとか生きています。


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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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