2019年03月19日

娘の9歳の誕生日で僕の目標達成まであと11年/アファメーションで思考を現実化

先日、娘が誕生日を迎え、9歳になりました。

お陰さまで僕の熱も下がったため、娘との約束通り、週末を利用して小旅行に行き、娘のお誕生日をお祝いしてきました。

9歳のバースデーケーキ

そして、娘が9歳になったことで、僕の人生の目標達成まで、あと11年を切りました。

病気で変わった人生の目標

脳腫瘍悪性リンパ腫急性骨髄性白血病の3度のがん闘病を経験して、僕の人生の目標は、それまでの

「死ぬまで会社(オーシャンブリッジ)を経営し続ける」

というものから、

「娘の二十歳のお誕生日を、娘と妻と3人でおいしいお酒で乾杯してお祝いする」

に変わりました。

2011年、脳腫瘍

最初にこの人生の目標を立てたのは2011年に脳腫瘍が見つかったときです。

当時、娘はまだ1歳でした。脳腫瘍を告知されたとき、僕は

「このかわいい娘が成長していく姿を見届けずに死ぬわけには、絶対にいかない」

と強く思いました。そして僕の脳腫瘍の主治医、東京女子医科大学病院の村垣善浩先生に、

「左半身麻痺になってもいいから、とにかく娘が二十歳になるまで、あと19年生きられるようにしてください。」

とお願いしました。

手術は無事に成功し、命はつながりました。後遺症としては、左半身麻痺にはならず、視野の左下四分の一が見えないという視覚障害だけが残りました。でも、これからも生きていけるのならば、視野が大きく欠けるくらいはどうということはない、と思いました。今でもそう思っています。人混みを歩くときなど、多少の不便はありますが、普通の生活を送ることができていますので。

2013年、悪性リンパ腫

2013年に悪性リンパ腫が見つかったとき、僕は虎の門病院の谷口修一先生の初診の診察室で、

「娘が二十歳になるまで、あと17年生きられるようにしてください

とお願いしました。谷口先生は、

「じゃあ、治しにいきましょう!」

と言ってくれました。治療中、僕が治療方針(化学療法のみでいくか、さい帯血移植まで受けるか)で大いに悩んだりもしましたが、谷口先生や山本先生、湯淺先生は僕の悩みを真正面から受け止めて長時間にわたって相談に乗ってくれました。そして移植はせずに治してくれました。

2017年、急性骨髄性白血病

悪性リンパ腫の4年後、2017年に、急性骨髄性白血病が見つかりました。この時は担当医の虎の門病院の湯淺先生に、

「娘が二十歳になるまで、あと13年生きるために、さい帯血移植が必要なのであれば、もちろん受けます。そして絶対に生き残ります

と言いました。

僕は辛いさい帯血移植治療を乗り越えました。来月には、移植からまる2年が経過することになります。再発率は大幅に下がり、長期生存率は、当初の30%から90%に上がっています。

そして、2019年

そして2019年。先日、娘は9歳になりました。

二十歳になるまで、あと11年となりました。

脳腫瘍が見つかったときは、あと19年でした。

悪性リンパ腫が見つかったときは、あと17年でした。

急性骨髄性白血病が見つかったときは、あと13年でした。

そして先日、娘の9歳の誕生日を迎え、あと11年となりました。

毎年、娘の誕生日を迎えると、僕の人生の目標達成までの年数がカウントダウンします。

最初のころは、「19年は長いなあ」と思っていましたが、それがいつの間にか、あと11年です。

逆に言うと、娘が子供でいてくれるのは、あと11年だけということです。そう考えると、1年1年の重み、1日1日の大切さが、実感として感じられます。

誕生日のお祝いで、家族そろって小旅行をできるのも、あと何回か分かりません。

思考を現実化するためのアファメーションもカウントダウン

僕は病気になってから今に至るまでずっと、毎晩寝る前に、娘の二十歳のお誕生日を家族3人でお祝いしているシーンを、頭の中で具体的にイメージしています。

そしてその「目標を達成している状況のイメージ」を、心の中で声にも出して描写することで、さらに具体化しています。いわゆるメディテーション(瞑想)とアファメーション(自分自身への宣言)です。「思考は現実化する」です。

その二十歳のお祝いのシーンも、先日までは「12年後」としてイメージしていましたが、9歳の誕生日を経て「11年後」にカウントダウンしています。

そして毎晩、「最初のころは19年後だったなあ。もうあと11年かあ。」と感慨深く思っています。

年に一回カウントダウンする、この目標達成までの年数を、毎晩毎晩、噛み締めています。そして1日1日の大切さを再確認しています。

これからも平穏に1日1日を積み重ね、11年後には家族みんな健康に、娘の二十歳の誕生日をお祝いします。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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