2020年03月23日

大腸がんの手術は無事終了/人生のミッションについて

前回の記事で書きました大腸がんの腹腔鏡下手術は、予定通り3月17日に無事に終了しました。

早いもので、今日は術後6日目ですね。

病室にてセルフィー

術後の痛み

お陰さまで術後の経過は順調です。

手術当日の夜こそ、お腹の傷と帯状疱疹後神経痛の痛みでほとんど眠れませんでしたが、翌日にはベッドに座り、そして点滴スタンドに頼りつつも歩けるようになりました。

と言いますか、スパルタ看護師さんに無理矢理歩かされました(涙目

術後は、腸閉塞を防ぎ、早く回復するため、できるだけ歩くこと、そして、ベッドにいても寝ていないでできるだけ座っていることを先生からも看護師さんからも口酸っぱく言われます。

でも、痛みがあるのでなかなかできないんですよね。

傷が痛むのに加え、手術では腹筋も少し切っているので、ベッドから体を起こすときなどに腹筋に力が入ると激痛が走ります。ベッドのリクライニング機能を使わないと起きられません。

歩くときなどは、体をまっすぐにするだけで腹筋が引っ張られて痛いので、当初は点滴スタンドに頼りながら腰を曲げておじいさんのようによろよろ歩いていました。

トイレに行くのも一苦労です。

でも、手術翌日の午後、妻がお見舞いに来てくれたときには、いいところを見せようと、がんばって座って話していました。ちょうどそこに先生が来て、座っている僕を見て、

男性は大抵痛みに弱いんですが、翌日にそれだけ座っていられたり歩いたりできるのは、高山さんは立派ですね。特に高山さんの場合は、血小板の値が低いので、ほかの患者さんと違って硬膜外麻酔の痛み止めも使っていないのに。

とほめてくれました。

妻が帰るときはエレベーターホールの手前まで歩いてお見送りもしました。妻は、まさか手術翌日に歩いている僕を見られるとは思っていなかったようで、後日、「感動した」と言ってくれました。

「日にち薬」を実感

その後も経過は順調です。

看護師さんからも

手術後は「日にち薬」ですからね。

と言われましたが、実際に1日、1日と経つにつれて、どんどんと痛みは改善していきます。歩くのも楽になっていきます。日にち薬とは言い得て妙です。

別の看護師さんからはこう言われました。

高山さんが経験したさい帯血移植と違うのは、日が経つにつれて、確実によくなっていく、楽になっていくということですね。

今になって、この言葉も本当にその通りだと思っています。

術後5日目(昨日)には、車椅子ではなく、一人で歩いてエレベーターに乗ってレントゲンに行けるようになりました。お腹のドレーンの管も抜けました。一つ自由に近づきました。

そして術後6日目の今日は、術後初めて、口から物を食べました。まだ重湯やスープなどの流動食ですが、久しぶりに水や薬でないものを口にできました。

流動食

また口から栄養を取れるようになった結果、点滴の必要がなくなり、腕から点滴の針も抜けました。昨日のドレーンの管に続き、これで完全に自由の身になりました。

このように、毎日毎日、何らかの進歩があり、着実に回復に近づいているのを実感しています。

応援してくださったみなさんに感謝

経過報告の最後に、改めて、応援してくださるみなさんに心からの感謝の言葉をお伝えしたいと思います。

何度もがんが見つかり、その都度、みなさんには余計な心配をおかけしています。

でもそんなみなさんからの温かい応援のメッセージには、いつも励まされ、勇気づけられています。

全てにご返信することがなかなかできないのは申し訳ないのですが、FacebookやTwitter、メール等々でいただいたメッセージは全て拝読し、一つ一つに励まされ、心を動かされています。

いつも応援してくださり、本当に、本当にありがとうございます。

でも、もうご心配をおかけするのは、これで最後にしたいと思います。

人生のミッションについて

最初の脳腫瘍手術のあと、僕はこう考えました。

病気の闘病経験をブログや書籍出版などで世の中に発信して、他の患者さんの役に立つことが、自分が生かされている意味であり、これからの自分の人生のミッションである。

でも、その脳腫瘍のあとも、悪性リンパ腫急性骨髄性白血病と、がん闘病は続きました。

そして2016年に出版した「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」に続く2冊目の執筆中だった先々月に、4度目のがんとなる大腸がんが見つかりました。

今回の入院で、病室の天井を見ながらいろいろ考えたのですがここ数年の自分を振り返ったときに、この「病気の経験を発信して他の患者さんの役に立つ」という「ミッション」に、いろいろな意味で縛られ過ぎていたように思います。

そのために、またがんになったのかどうかは分かりませんが、今回の大腸がんを機に、この「ミッション」は一旦手放して、とにかく「自分自身が健康に生きていくこと」を、改めて自分のこれからの「ミッション」にすることにしました。

大上段に「人の役に立つ」などと言う前に、自分が生きていること、それ自体に生きる意味がある、ということです。

別の言い方をすれば、「人の役に立つ前に、人に心配をかけるのをやめましょう」ということですね(笑)

だからこうしてミッションを書き換えれば、もうみなさんにご心配をおかけすることはないはずです。

そしてそうすれば、心から愛する妻と娘にも、悲しく寂しい思いをさせることはないはずです。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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