2021年04月22日

さい帯血移植から4年が経過。今年も第2の誕生日に思うこと

先週の4月14日は、さい帯血移植の記念日でした。

4th_2nd_bday_cake

第2の誕生日

4年前、2017年のこの日に、僕は急性骨髄性白血病を治すために、さい帯血移植を受けました。

移植患者の間では、移植日は「第2の誕生日」と言われます。

なぜ第2の誕生日なのか?

さい帯血移植とは

さい帯血移植というのは、骨髄移植と同じ造血幹細胞移植の一つです。

骨髄移植の場合、ドナーさんから骨髄を採取して、それを白血病等の患者に移植します。

さい帯血移植は、赤ちゃんが生まれたときのへその緒の中の血液(さい帯血)を採取して、臍帯血バンクに保管しておき、それを患者に移植します。

実際に患者にさい帯血を移植する際には、まず大量の抗がん剤等により、患者の骨髄の中で血液を生み出している造血幹細胞を破壊して、まっさらな状態にします(前処置)。そのとき、血液の中の血球(白血球、赤血球、血小板)も、白血病細胞とともに破壊されます。

その上で、ドナーさんからいただいたさい帯血を移植します。移植といっても手術ではなく、輸血のように点滴(輸注)します。

その移植から何週間かすると、移植したドナーさんの造血幹細胞が、骨髄の中に住み着いて、新しい血液(血球)を作り始めます(生着)。

つまり移植というのは、大雑把に言うと、血液を作る工場を壊して、更地にした上で、そこにドナーさんからもらった工場を建てるというようなことです。

そうすると、体内を流通する血液が、もともとの自分製の血液から、ドナーさん製の血液に変わっていきます。そのドナーさん製の血液が、抗がん剤でも殺しきれなかった白血病細胞を、強力な免疫作用で殺してくれる、というわけです。

造血幹細胞移植で血液型が変わる

このように移植後は、ドナーさん製の血液に置き換わります。だから、ドナーさんと自分の血液型が異なる場合は、ドナーさんの血液型に変わることになります。

たとえば僕はもともとB型だったのですが、ドナーさんの血液型がA型だったので、今はA型です。(まだ完全には置き換わっておらず、A型とB型のミックス状態かもしれません)。

全身を巡る血液が、ドナーさんという別の人の血液に置き換わるというのは、改めて我が事ながらすごいことだなあと思います。

そういう意味でも、移植日は、まさに生まれ変わった日であり、「第2の誕生日」なんだと思っています。

第2の誕生日に思うこと

その第2の誕生日を、今年も4月14日に迎えました。
早いもので4歳になりました。

その日、妻と娘がケーキでお祝いしてくれました。
もちろん、ろうそくは4本です。

4th_2nd_bday_cake

そして、さい帯血をいただいたお礼の気持ちを込めて、西の方角に頭を下げました。

僕のさい帯血のドナーさんは、近畿地方の当時1歳のA型の女の子とお母さんです。

残念ながら、さい帯血バンクは、骨髄バンクと同様に、ドナーさんと直接連絡を取ることはできないことになっています。

だから、せめて第2の誕生日の日には、ドナーの女の子とお母さんに感謝の気持ちを込めて、西の方角に頭を下げています。

僕が今日もこうして生きていられるのは、お二人がさい帯血を分けてくださったお陰です。

あの西の空の下のどこかで、5歳の女の子が家族に囲まれて元気に成長していることを、遠く横浜の地から願っています。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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