2017年08月08日

再々入院しています/病院の医師の土日対応の柔軟性

先月の7月17日(月)に、二度の発熱に寄る延期を経て退院しました

▼無事に退院しました/退院後の生活|オーシャンブリッジ高山のブログ

虎の門病院といえば

その後、7月21日(金)は初めての外来診察があり病院へ。検査と主治医の山本先生の診察。

そのときは何もなかったのですが、しかし翌日、7月22日(土)の夜に38.8度の発熱。夜間のため虎の門病院の救急外来に電話し、タクシーで急行、検査等の結果、そのまま入院することに。

▼再入院しました/週末夜間の救急外来の大変さ|オーシャンブリッジ高山のブログ

その後、無事に7月28日(金)に再退院していました。
▼無事に退院しています/人生観を変える意味ある再入院|オーシャンブリッジ高山のブログ

そして今回。8月7日(月)からまたまた入院しています。今回も高熱が原因です。経緯です。


前回退院の翌週、8月3日(月)の湯淺先生との外来診察と、移植患者用の看護支援外来では、特に問題はなく、無事に一通り終えて、病院から家に妻と帰りました。

するとその翌日。8月4日(金)。

朝から38.1度。だんだん寒気や鼻詰まりなどの症状が出てきて、お昼に熱を測ったら38.7度。そして少しはよくなったかと16時半に測ったら、39.6度。病院に連絡して指示を仰ぐレベルです。

こうなると時間的に、急ぐ必要があります。前回の救急入院時の学習から、夜の救急の時間帯に受診するのは避けられるなら避けたほうがいいと思っていました(そもそも役割上、当然ですが)。だから遅くとも夕方、先生たちの勤務時間を考慮して、主治医や担当医のいる時間帯に電話して、直接指示を仰ぐのが一番早く、正確で、安心だと思いました。

このときまだ16時半。虎の門病院の代表電話に電話したとところ、運良く、担当医の湯淺先生がいて、直接電話を繋いでもらえました。

先生と、いろいろな可能性(感染にかぎらずGVHDの可能性も)と、取りうる選択肢を話し合った結果、以下のようになりました。

「今から明日の昼まで、以前処方した解熱鎮痛剤を飲んで様子を見てください。そして明日(5日(土)の12時半に病院に電話して私を呼び出してしてそれが効いたか状況を報告してください。そこで相談しましょう。

もともと週明けの8月7日(月)に湯淺先生の外来診察があったため、それを前提とした措置となりました。それにしても週末の昼間に、それまでの経緯も含めて電話で担当医の先生と相談できるというのは、緊急時には安心でした。

案の定、この晩の熱はひどいものでした。解熱剤は飲んでいるものの、一貫して上がり続け、夜10時には39.9度になっていました。

その翌日、8月5日(土)。

熱の山は越えつつあるのか、早朝に測ると39.1度。そこからじりじりと下がってお昼には37.1度に。

12:30という湯淺先生への電話のタイミングを見計らってお電話しました。

(1)やはりまだ熱があるのですぐに病院に来るか、

(2)熱は落ち着いてきているので月曜日の外来診察まで待つか、

の2つの選択肢となりましたが、薬は直接的に効いた感じはしないのですが、結果的には理由はどうあれ熱は下がっているので、(2)の月曜日の診察まで待てると思いました。

そして8月7日(月)、朝。

タクシーで妻と虎の門病院に行きました。

いつもの採血を終わらせ、スタバで時間をつぶしてから湯浅先生の診察室へ。

湯浅先生の話。

次の手としては、本来なら、入院して熱の原因を探るのが一つ。とりあえず今日は点滴を打って帰るのも一つ。内科処置室で点滴を打っている2時間のあいだにお二人でご判断ください。

そして内科処置室へ行き、ベッドに横になって点滴開始。でもベッドサイドの妻も、僕も、答えは決まっていました。「入院して熱の原因を探る」です。

すぐに妻は内科処置室を出て湯浅先生に会い、入院の意思を伝え、入院の手続きをして、電車で自宅に入院の荷物を取りに帰りました。

僕はその後救急用の一時病室のある5階に入室し、夕方には一般病棟(6階)に移動しました。妻は5階にいるときに戻って来てくれました。

その間、湯浅先生が病室に来てくれました。

「もうプレドニゾロン(ステロイド)の点滴を始めているので熱は落ち着いていますね。感染症に限らずGVHDによる熱も抑えられているのだと思います。


熱が下がったせいもあるのか、どもり、しゃべりづらさなどの中枢神経障害も出なくなったようです。これは単に熱のせいか、またはGVHDによる障害かは分かりませんので、今日の腰椎穿刺(実施済み)で中枢神経への影響を見ます。

でも、ステロイドは解熱効果もありますが、免疫抑制効果もあります。あまり使いすぎると、せっかく移植した臍帯血細胞の免疫力を押さえ込んでしまい、体の中に残る白血病細胞をやっつける、白血病を治すという治療の目的を果たせなくなってしまいます。

いまも、プレドニゾロンは治療の観点で、つまり白血病細胞を殺す上で必要なギリギリの量でやっていますが、もう少し今の高山さんの身体の状態を見て、一番いいバランスを見つけていきたいと考えています。今回は、そのあたりがしっかり見えてからの退院でしょうか。

ということでこれまでのように、熱が下がってから2〜3日で退院、というわけにはいかないようです。

先ほど妻に、娘の様子を聞きました。昨日、荷物を届ける妻と一緒に病院に来た時は元気そうにしてたものの、夜、家で泣いていたそうです。

「神様、どうしてパパをもう入院させないでってお願いしているのに、叶えてくれないの?」
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プロフィール

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校→早稲田大学 政経学部→アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ→Web関連ベンチャー→(株)オーシャンブリッジ設立・代表取締役社長就任→現在、同社ファウンダー。横浜市綱島在住。趣味はおりがみ。2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)摘出手術を受けました。2013年5月から7ヶ月間入院して急性リンパ性白血病の抗がん剤治療を受けました。帯状疱疹後神経痛も。2016年10月にがんから卒業しました。2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病の闘病に入りました。

メール: nori.tkym[at]gmail.com

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