2006年03月07日

自民党主催 第3回「メルマガ・ブログ作者と党幹部との懇談会」に行ってきたが、今回はおもしろかった。

masuzoe_seko.JPG今日は自民党主催 第3回「メルマガ・ブログ作者と党幹部との懇談会」に行ってきました。

招待状が届いたときは、前回の第2回がちょっとイマイチな感じだったので、どうしようかなーと思っていたんですが、今回は行ってよかった。非常に、おもしろかったし、有意義でした。

前回は、率直に言うと、参加者個別の事情に基づく陳情大会的な様相を呈してしまっていて、あまりにグッタリしてしまった僕は、思わず「何のための懇談会なんでしたっけ? 目的を明確化しては?」と質問してみたりしたわけですが、それについては見事に回答が出ていました。

会の冒頭で、自民党広報本部副本部長の世耕弘成さん(やばい、まだ「プロフェッショナル広報戦略」、読んでません・・・)が、「前回の皆さんのご意見を受けて、今回はテーマを絞ることにしました」とごあいさつ。

で、そのテーマは、「新憲法草案について」

しかも、自民党新憲法起草委員会事務局次長の舛添要一さんが、自ら、

改正のポイントとなるそれぞれの条項に関して、改正の意味合いや背景にある考え方、この案に落ち着くまでの経緯などについて、しっかりと説明してくれました。

参加者からの質問に対する舛添さんの回答も非常にしっかりしていました。さすがに世界中の憲法を調べ上げ、自民党内外のいろいろな意見を集約し、かつ、ご自身の憲法に対する強い信念でまとめ上げた草案です。あらゆる質問に対して、全て非常にクリアに、また妥協した部分についてはその経緯や考え方をはっきりと、時にユーモアを交えて回答されていました。

僕自身、舛添さんの一つ一つの説明、質問者とのやり取りには、すっかり納得してしまった次第(もともと改正には賛成だったわけですが)。ちょっとすごいと思いましたよ。終わった後に、やはり参加していた友人の俣野さんとも話したんですが、「いやー、あれ、政治家のやり取りというより、優秀なビジネスマンのやり取りですよね」という意見で一致。

で、僕が舛添さんにした質問は、「そうやってまとめ上げたこの新憲法草案は、舛添さんとして百点満点で何点ですか?」というもの。

一連のやり取りで、舛添さんが、自衛隊の活動実態と憲法がそぐわない中で、野党やマスコミ、国民にも納得してもらって、何としてでもこの草案を成立させるために、信念を貫きつつも、必要な部分では妥協して、まとめあげた、ということが非常によく理解できました。そのため、その信念を貫いた部分と妥協した部分の、舛添さんとしての率直なバランスを聞いてみたかった、というのが質問の意図。

でも、回答は、「いやー、いろいろな意見をもった皆さんにお許し頂けるレベルですかね」というもの。これだけは、明確なご回答は頂けませんでした・・・残念。

会の終了後、名刺交換をさせていただいた際にも、「で、ホントのところは何点ですか?」と個別にお聞きしてみたんですが、「点は付けられませんねー」とかわされてしまいました。

そう、あと一つ、今日感じたのが、自民党と民主党の地力の差。例のメール問題での対応もそうですが、この憲法改正論議についても、民主党の未熟さを感じることになりました。舛添さん曰く、

「新憲法の要項(つまり大項目の案)までは問題なく作れる。問題は、それを実際の条項のかたちの文章にした時。そこで初めて、それは違う、その言葉ではダメだ、という細かい指摘がいろいろな人から上がってくる。でも、本を書くときでもそうだが、そうして苦労してでも文章で表現して詰めていかなければ物事は決まっていかない」

と。これはまさにその通りだと思います。コンサルタント時代のクライアントへの成果物などまさにそれ、です。ミーティングの場では口頭で意見が一致していても、報告書の形にした途端、クライアントのいろいろな部門のメンバーから、いろいろな意見が噴出する、みたいな。あるいは、オーシャンブリッジの事業計画なんかでもそうですね。

で、それに続けて。

「でも、民主党は、いろいろと言うが、草案の文章を作ってこない。結局、民主党は文章にまとめられない。まとめられないのに意見だけ言うのは卑怯だ」

と。うーん、確かに。そういうところでも政党の地力の差が出てくると感じた次第。この差、どこから来るんでしょうか。単に人、個人の力量の問題だけではないですよね。自民党には、組織としての強さを感じました。この懇談会についても、前回の僕らの要望をきっちり反映してきますし、憲法改正がテーマとなれば、きっちり主幹の舛添さんが説明・対応してくれるし。

ということで、今回は前回と打って変わって「参加してよかった」と思えた懇談会。終了後、世耕さんと事務局の方には、率直にそうした感想をお伝えしておきました。

そうそう、最後に。

僕も購読しているあの有名なメルマガ「がんばれ社長!」の武沢さんも参加されていたので、名刺交換させていただきました。会の最中に、あれ、もしかして武沢さんでは・・・と思って、終わってからお声をかけたら、まさにその通りでした。

実は、会の間、武沢さんはどんな質問をされるんだろう、と内心期待していたのですが、時間の都合もあり、質問はされませんでした。でも、最後にインドの話などが少しできたのでよかったです。僕もカレー好きとしてはいずれインドに行かねば・・・。(結局またカレーネタ・・・)

P.S. その後、参加者の方々からいくつかトラックバックを頂きましたので、まとめてリンクさせていただきます。

自民党 第3回「メルマガ/ブログ作者との懇談会」レポ2――10の質疑応答 [絵文録ことのは]
自民党懇談会に参加[社長の成功日記]
第3回「メルマガ・ブログ作者との懇談会」に参加してきました。 [trying.jp]

  • にほんブログ村 病気ブログ 白血病へ
  • にほんブログ村 病気ブログ 悪性リンパ腫へ
  • にほんブログ村 病気ブログ 脳腫瘍へ

★闘病記ブログランキングに参加しています。上の病名ボタンをクリックしてくださると、ランキングが上昇し、より多くのがん患者さんに僕の闘病記が届きます。よろしければクリックしてくださるとうれしく思います。3回のがんをがんを乗り越えた経験が、一人でも多くの患者さんに届きますように…

このエントリーをはてなブックマークに追加

【投稿者】nori 【コメント】コメント (0)

この記事と同じカテゴリーの記事はこちら

Facebookを利用してコメント

コメント

コメントの投稿は上記のFacebookのコメント投稿欄からどうぞ。投稿されたコメントは同欄に表示されます。2015/06/09よりコメントはFacebook経由でのみ受け付けています。下記欄に表示されるコメントはそれ以前のコメントです。

高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

主なカテゴリー

過去の記事

2020年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

記事の検索

こんなソフトを販売しています

リンク

その他のリンク

  • にほんブログ村 病気ブログ 白血病へ
  • にほんブログ村 病気ブログ 悪性リンパ腫へ
  • にほんブログ村 病気ブログ 脳腫瘍へ