2014年09月09日

医師に思い切った質問をぶつける/抜糸後の額の傷跡:白血病・悪性リンパ腫闘病記(49)

前回の闘病記からの続きです。

◼︎2013年7月10日(水)。入院59日目。抗がん剤治療開始から51日目。

抜糸後の額の傷

この日も前日に始まった抗がん剤治療Hyper-CVAD/MA療法の3コース目、Hyper-CVAD療法(2回目)の点滴を受けました。

点滴を受けながら、日中は今後の治療方針のことを考えていました。数日前に血液内科部長の谷口先生から聞いた説明などを受け、化学療法だけでいくべきか、移植治療も受けるべきか、移植も受けるならCR1(第一寛解期)かCR2(第二寛解期)か、と考えていました。

考えながら、家内にその考えをメールし、やりとりしました。家内は家内で、自分の大学の図書館やネットなどで、学会のレポートや治療ガイドラインなどを調べ、情報を送ってくれました。

ちょうどその後、担当医のMY先生とデイルーム(ロビー)でお会いしたので、また捕まえて、家内とのやりとりを踏まえ、治療方針の相談をしました。MY先生は以下のように話してくれました。

高山さんの悪性リンパ腫は、骨から発生しているといっても、背骨の一番下の仙骨から発生しており、さらに神経に浸潤している。リンパ腫の細胞は骨が好きで、特に骨髄の中は居心地がいい。だから中枢神経への浸潤、再発が怖い。骨のリンパ腫でも、腕に何箇所かできるのとは違う。仙骨だから、中枢神経浸潤が怖い。

高山さんの化学療法は、いずれ移植するなら6コースで終わり、移植しないなら8コースまでやると考えている。でも実際は感染症や副作用などで、6コースやりきれない患者さんも多い。

高山さんの場合、まずは化学療法を8コースやって様子を見る、という選択もありだと思う。それで万が一再発したら、CR2(第二寛解)に持ち込んで移植する。持ち込める確率はALL(急性リンパ性白血病)全体で半分、B-LBL(B細胞性リンパ芽球性リンパ腫)だともう少し少なくなる。CR2でも寛解に持ち込めれば、その後の治療成績はCR1で移植した場合とあまり変わらない。

移植は生存率の数字だけではなく、QOLへの影響も実際は大きい。移植後、日常生活に戻っても、今までのようにはいかない面がたくさん出てくる。元気に暮らしている人も確かにいるけれども。

ここまでお聞きした僕は、MY先生に、ちょっと思い切った質問をしてみました。

先生自身が僕の立場だったらならどうしますか?

すると、MY先生は、少し考えて、率直に、真摯に、こう答えてくださいました。

難しい質問ですね。自分は高山さんと違って、結婚していませんし、子供もいません。家族は親だけです。その意味では、子供のことなどあまり長期のことは考えなくてもよいので、まずは短期的に考えて、化学療法だけで終えれば、すぐに仕事に復帰できます。

でも、自分の性格上、最初から強い治療、つまり移植治療を受けるかもしれません。

この答えを聞いて、

やはりMY先生としては、化学療法だけではいずれどこかで再発してしまうというのは前提になっているようだな。

と感じました。この答えにはまた悩まされました。

その後また家内とメールで相談し、この時点の結論は下記のように決めました。

まずは化学療法を8コースやった上で、PET-CT等の結果も鑑み、海外の論文にあるような7割の生存率が期待できるかを判断し、期待できそうであればそのまま移植をせずに様子を見る。期待できそうになければ移植に踏み切る。

この日はその後、シャワーを浴びました。シャワーの後、看護師のMさんが、額の傷に貼ってあった絆創膏を剥がしてくれました。数日前の抜糸後に貼ってあった絆創膏です。

剥がしてもらってビックリしました。予想以上に、傷口がきれいだったのです。あれだけの長さの、しかも結構深い傷だったのですが、非常にきれいにくっついていました。形成外科の先生には本当に感謝です。

この日の夕方には、経営者仲間の友人であるCS社のAさんがまたお見舞いに来てくれました。前回に続いて2回目です。今回は、帰省のお土産や出張のお土産ということで、うなぎパイやシーサーなどを持って来てくれました。

秋田さんのお土産、うなぎパイとシーサー

さらに、病院食に辟易している僕のために、築地銀だこのたこ焼きと焼きそばも差し入れてくれました。

秋田さんの差し入れ、たこ焼きと焼きそば

Aさんは僕が入院中のオーシャンブリッジのことを大変気にかけてくれ、経営に関する話を中心に、一時間半近くも話し込んでしまいました。

Aさんは、前回の脳腫瘍の時も含め、僕やオーシャンブリッジのことをいつも心配して、何度もお見舞いに来てくれ、いろいろと話してくれました。改めて、ありがたい友人だと思いました。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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