2017年03月03日

急性骨髄性白血病で入院しました

今週の月曜日から虎の門病院に入院しています。先週の定期通院時の検査で「急性骨髄性白血病」が見つかったためです。

前回三年前の「急性リンパ性白血病」とは別の病気です。つまり再発ではありません。過去の治療の影響により発病した治療関連白血病、二次性白血病とのことです。脳腫瘍から数えて三度目のがん、そして二度目の白血病です。

つい先日、一月末に、一年以上かけて交渉してきたオーシャンブリッジのM&Aがまとまって、役員から退きました。不安から解放され、体力も少しずつ回復してきて、やっとこれから、本当の意味で家族と自分のための人生を送っていけると思っていた矢先の告知でした。

最近、たまには旅行にも出かけられるようになり、ようやく家族と楽しい時間を過ごせるようになってきました。入院の二日前には、以前から予約していた恵比寿の行きつけのお店、葡萄酒房alleeに行きました。もともとは会社からの卒業祝いを家族とするために予約していたのですが、それが入院前の最後の外食となってしまいました。

身体的にも回復し、精神的にも安定を取り戻し、本当にこれからやっと、家族とともに穏やかな人生を、と考えていたので、今回のがんの告知はこれまで以上に衝撃的でした。

娘は、「パパ、もう病気にならないって約束したのに!もう入院しないって約束したのに!」といって号泣しました。これまで見たこともないような泣き方でした。本当に娘に、そして家内に、何度も何度も辛く寂しい思いをさせてしまい、僕も悲しいです。

今回は、これまで以上に辛い治療になりそうです。化学療法(抗がん剤治療)だけでは完治は難しいため、造血幹細胞移植(臍帯血移植)を受けることになる予定です。前回は治療関連死などの様々なリスクを考えて避けた移植治療ですが(著書「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」に詳しく書きました)、今回は避けられそうにありません。これまで以上にリスクが高く、過酷な治療になりそうです。

でも、必ず乗り越えて、家族の元へ戻ります。今回も、治るという前提です。二度あることは三度ある。だから三度目の今回も乗り越えます。

これまでもそうでしたが、今回の発病も、なぜこのタイミングで、といろいろな意味で驚くべきものでした。告知されたのは、一昨年末から進めてきた会社のM&A契約が締結されたたった三週間後です。もし発病が一ヶ月でも二ヶ月でも早かったら、M&Aはまとまらず、とても治療に専念するどころではなくなっていたでしょう。

これはつまり、会社のことも経済的なことも心配せずに治療に専念できるというタイミングでもあります。人生とは本当に不思議なものです。

ただ、自分の人生において、この三度目のがんにどんな意味があるかは、まだよく分かりません。一回目、二回目のがんが自分の人生にもたらした意味については、著書にいろいろ書きました。でもさすがに三回目ともなると、「なぜまた・・・」という思いが強く、積極的な意味はまだ見出せていません。

でも、これもきっと、自分が書いた人生のシナリオの一部なのでしょう。この最大の苦難を乗り越えれば、これまで以上にすばらしい、家族との幸せな人生が待っているはずです。そのために、何としても病気を乗り越えて帰ってきます。

気が早いのですが、今回の病気を乗り越えた後、その経験を二冊目の本に書きたいと考えています。それにより、白血病や悪性リンパ腫などで造血幹細胞移植を受ける患者さんをはじめ、さらにたくさんのがん患者さんに希望を持っていただくことができればと思います。あえて言うと、それが三回目のがんの意味なのかもしれません。

今回の治療でも、前回お世話になった虎の門病院 血液内科 の谷口修一先生、山本先生(著書ではGY先生)、湯浅先生(同MY先生)が診てくださいます。先生方とは入院してから何度も話しています。

前回の七ヶ月の入院、そしてその後の維持療法を含めた三年以上の外来診察を通じて、先生方とは信頼関係を深めてきました。だから先生方は、僕の性格や物事の考え方、また家族のことを本当によく理解してくださった上で、治療方針を検討し、説明してくださっています。本当に安心でき信頼できる先生方です。この先生方に診ていただけることを本当にありがたく、また非常に心強く思っています。

一般的な生存率や治療関連死亡率は関係ありません。自分にとっては医学的、統計的な確率は関係なく、生きるか死ぬか、ゼロか100かです。生き延びられるのが統計的に小さい確率であっても、ゼロでない限り、そこに入ります。

治るという前提での闘病ですから、これからの治療に対して不安を感じる必要はありません。治るという決まったゴールが見えているのであれば、どんな苦しい治療であっても、目の前に現れた困難を淡々と乗り越えていくだけです。過去も未来もなく、今の目の前に集中して乗り越える、あるいはやり過ごすのみです。

昨年、二度のがんから卒業し、本を出版し、今年に入ってからは会社からも卒業しました。それらを機に、これまでビジネスでもプライベートでも、不義理をしてしまっていたみなさんと少しずつお会いしようとしていたところでした。でもみなさんにお会いするのは、またしばらく先のことになってしまいそうです。本当に申し訳ありません。

でも、必ず戻ってきます。どうか待っていてください。

僕の娘はまだ六歳です。今月七歳になります。二十歳の誕生日まではまだ13年ちょっとあります。それまでは絶対に死ぬわけにはいきません。まだまだ一緒にやりたいこと、行きたいところ、教えてあげたいことがたくさんあります。

何としてもこの病気も乗り越えて、必ず、娘の二十歳の誕生日には娘と家内とともにおいしいお酒で乾杯します。必ず、この人生の目標を達成します。

娘がくれたお手紙

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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