2017年11月14日

入院を避け、無理して娘の合唱発表会へ行く、僕にとっての意味

先週の11月10日(金)、そして週末を挟んで昨日11月13日に、急遽、虎の門病院に行ってきました。

診察待ちでランチ

原因は、またまた高熱。先週は微熱が続いていたのですが、9日(木)になって、37.8度に。

実はこの2日後の11日(土)に娘の合唱発表会があり、娘は、そこに僕と妻が来るのを本当に楽しみにしていました。そのため、妻が「明後日の発表会、パパは無理かもね」という話をしたら、娘は泣きだしてしまいました。「えー、パパ来ないの?ママとパパと二人に聴いてもらいたかったのに・・・」と言って。

娘は、英語の歌を家で何度も何度も一所懸命練習したり、みんなの前に出て「ずいずいずっころばし」をやる役を任されていたりと、相当気合が入っていたようです。毎日本当に楽しみにしていました。その成果を僕と妻にどうしても見てもらいたかったようです。

ただ、これ以上熱が上がり、38度を超えるようになると、病院に行く必要があります。病院に行ってまた入院となったら、発表会には行けません。

そして翌日の10日(金)の朝。残念ながら熱は38.8度に上がってしまい、朝一で虎の門病院に電話して主治医の山本先生(ちょうど金曜日は外来担当)と話し、すぐに病院に行くことに。

血液検査結果などを見つつ、診察で山本先生と相談。先生は

「まあこれだけ熱が出ていると何らかの感染の可能性が高いので、やはり入院して抗生剤の点滴で治療するのがいいと思います。あるいはしばらくは家で内服の抗生剤と解熱剤で様子を見るということもでもいいとは思いますが、どうしますか?」と言われました。

僕は、

「実は明日、娘の学校の合唱発表会がありまして、どうしても聴きに行きたいんです」

と先生に伝えました。つまり入院はしないという選択です。通常は、移植後の免疫力が低下している時期は、感染予防のため、できるだけ人混みは避けるべきと言われています。でも先生は、

「まあ白血球も5300あるので、もう人混みがそれほど危険というわけでもありませんよ」

と言って、先生は快く受け入れてくださいました。

「でも週明けには病院に来てもらったほうがいいと思います。湯浅先生(担当医)の予約を入れておきますね」

と言って、週明け早々13日(月)の診察予約を入れてくれました。

その後、抗生剤(レボフロキサシン/クラビット)を処方してくれました。解熱剤は家にあるので。

即入院も心配していた診察ですが、何とか入院は免れ、発表会に参加できそうになってきました。あとは当日の体調と熱です。

ただ気になる要素として、この診察からの帰り道で、急に下痢になったこと。菌が腸にも回ったのかもしれません。あの悪夢のような夜と同じように・・・。

その翌日、11日(土)。発表会当日です。朝、熱を測ってみると、37.0度に下がっていました。「よし、これで行ける!」と思ったのですが、家を出る時間が近づくにつれ、何となく熱っぽくなってきます。体温計で測ったら、38.2度。でもこのくらいの熱で、娘の貴重な発表会を聴く機会を逃すわけにはいきません。解熱剤のカロナールを飲んで、会場に向かいました。

お陰さまで、娘の参加するパートは全て聴くことができました。しかも、ちょうど前日に届いたiPhone Xで、しっかり動画撮影もできました(デジタルズームが思ったより使えます。また手ぶれ補正もしっかり効きます)。

終わってから家に帰り、あとから帰ってきた娘に、僕も行けたことを伝えたら、本当に喜んでいました。動画もうれしかったようで、何度も見て、「これがなにちゃん、これがなにくんだよ」とうれしそうに教えてくれました。

合唱発表会が終わって翌日の11月12日(日)。やはり疲れが出たのか、朝測った体温は38.9度。解熱剤を飲んでなんとか37度台、という感じ。

その翌日の11月13日(月)。金曜日の診察で山本先生が入れてくれた湯浅先生の診察です。

朝の体温は38.7度。

この日は合唱発表会の振替休日で学校が休みだったため、娘も妻とともに病院まで付き添いで来てくれました。

採血後、いつものようにスタバで診察待ちです。今日は娘も一緒です。

診察待ちのスタバにて

それから診察室前へ。僕からの近況報告を聞いた湯浅先生のお話。

山本先生から聞いていましたが、もう今日診察に来るときには下がっていると思っていました。でもまだ熱があるんですね。とりあえず、追加の検査で、インフルエンザの検査と、胸のCTを受けてきてください。CTの結果が出るまでに1時間から1時間半ほどかかりますから、外でご家族でランチでもして、結果が出る頃に診察室に戻ってきてください。

ということで三人で外に出て、今まで気になっていたものの入ったことがなかったル・プティ・トノーに行ってきました。

お店の方もお客さんも外国人の方が多く、娘が少々驚いていました。

リゾットもパスタも大変おいしく、満腹になりました。ちゃんとしたレストランでおいしい料理を食べるのはいつ以来だろう・・・と考えてしまいました。店を出て、「また夜に三人で来たいね」と言いつつ、湯浅先生の診察へ。

先ほどの検査の結果については、

肺炎の所見はありませんでしたし、インフルエンザも陰性でした。恐らく熱はウイルスか細菌による感染症でしょう。その熱に煽られてGVHDの熱も加わっているかもしれません。

また、肝臓の数値が上がっています(AST:130, ALT:69, LD:308)。これも今回の感染の熱で肝臓のGVHDが煽られているのかもしれません。ということで、肝臓の薬のウルソを追加します。
次回は、もともと入っている山本先生の定期診察が17日(金)にあるので、そこで先のことを相談しましょう。その時点でも熱が下がっていなかったり、肝臓の数値が悪化していたり、下痢が続いていたりすると、今度は入院になってしまうかもしれません。入院したら、腸の内視鏡検査などもやるかもしれません。

最後に、妻が先生に質問しました。

「以前発熱が続いたとき、解熱剤のカロナールを毎食後に定時で飲んでいたんですが、今回もそうするのはどうでしょうか?」

先生の回答。

それはいいと思いますよ。今みたいに熱が上がってから解熱剤を飲むと、体力を消耗していってしまうんですよね。だから熱が上がる前に飲んで体力を温存するのはいいことだと思います。奥さんも見ていて分かるでしょう?高山さんが消耗しているときって。

妻。

そうなんです!分かるんですよ!体が大変なのは分かるんですが、口数が少なくなったり、娘とのやりとりがおざなりになったり。

ということで、さすが湯浅先生、家族の意見も反映しつつ、当面の服薬の方針を決めてくれました。

診察が終わって診察室を出るときには湯浅先生は娘に

「こんなにかわいいお姫様が家にいたら、早くパパも元気にならないとね!」

と言ってニコニコしていました。

本当に湯浅先生の言うとおりです。とにかく次の金曜日までは、安静を優先し、診察までに体調を回復して、また入院することのないようにしたいと思います。

でも、今回かなり無理をしましたが、合唱発表会を聴きに行けて、そしてそれを娘が本当に喜んでくれて、よかったです。

6年前に最初の病気(脳腫瘍)になり、死を意識し、人生の目標を「娘の二十歳の誕生日を家族三人でおいしいお酒でお祝いする」と設定してから、2年後に急性リンパ性白血病になり、そして今年、急性骨髄性白血病になりました。「会社も手放し、これからは家族との時間を増やそう、たくさん家族の思い出を作ろう」、と思っていた矢先の発病でした。

娘自身が先日、言ったのですが、娘が生まれてからこの7年のうち、かなりの期間を僕は病院で過ごしていて、その間、娘と家内には本当に寂しい思いをさせてきました。

だからこれからは、その寂しさ以上の楽しさ、うれしさ、喜びを、家族三人で味わって、幸せな思い出をたくさん作っていきたいと思っています。

そのため、今回の合唱発表会のような機会は、絶対聞きに行きたいと思っていました。大切な家族三人の共通の思い出が一つ増えました。

今回の急性骨髄性白血病の入院でも、お出かけの約束を3つもキャンセルしてしまっています。旅行2つ、コンサート1つ(娘が「ポールさん!」と慕うポール・マッカートニー)。その分も取り戻さねばなりません。

最初、人生の目標を達成するまで、つまり娘が二十歳になるまでは19年ありました。今はあと13年です。あっという間に6年経ってしまいました。あっという間に、と一言で言ってしまうには、あまりにもいろいろなことがありましたが…。

これからの13年も、きっとあっという間に過ぎ去っていってしまいます。もちろん、がん患者である以上(しかも3つのがんの経験者だから一層)、再発のリスクは低くはありません。

でもだからこそ、一日一日を大事にし、身体を大事にし、急性骨髄性白血病もこれまでの脳腫瘍、急性リンパ性白血病同様に何としても乗り越えて、これから、もっともっとたくさん家族の思い出を作っていきたいと思います。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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