2018年11月13日

ポール・マッカートニーのコンサートで昨年のリベンジ完了、イーブンへ。

しばらくRSウィルスで寝込んでいたため、書くのが遅くなりましたが、先日、ポール・マッカートニーの東京ドームでのコンサートに行ってきました。

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実はポールのコンサートには、昨年行くはずでした。

オーシャンブリッジのM&Aが完了し、これからは家族と自分のために生きていこうと思い、早速いろいろな思い出づくりを計画しました。その一つが、海外旅行。もう一つが、ポール・マッカートニーのコンサートでした。

しかしその後、三度目のがんである急性骨髄性白血病が見つかり、予定は全てキャンセルに。海外旅行は延期となり、ポールのチケットは友人に譲りました。

その後、半年以上におよぶ入院でのさい帯血移植治療を経験し、少しずつ体力も戻ってきた今年。幸運なことに、今年もポール・マッカートニーは日本に来てくれました。

もちろん、家族三人で行ってきました。夏の海外旅行に続き、2つ目のリベンジです。

僕は学生時代からビートルズが好きでした。高校時代には、家にあったアコースティックギターやピアノでビートルズを弾き始めました。Let it beやHey Jude、In my life、All my loving、Blackbird、Michelleなどなど。

大学へ通う電車の中では、カセットプレーヤーでビートルズを聴きながら、ペーパーバックの歌詞集を読んで歌詞を覚えました。

娘にも、赤ちゃんのころからビートルズを聞かせたり、寝かしつけのときに歌ってあげたりしていました。

だから昨年、ポール・マッカートニーの来日が決定したとき、「ポールさんのコンサート行こう!」と言ったら娘は大喜び。チケットを3枚購入しました。

しかしその後、僕に新しい病気が見つかったこと、そして海外旅行もポールさんのコンサートにも行けないことを娘に話したら、娘は大泣きしました。

でも、ポールは今年も来てくれました。もちろん、速攻でチケットを3枚購入しました。

娘は東京ドームに行くのも、ロックのコンサートに行くのも初めてです。最近、算数でいろいろなものの単位を勉強している娘に、ドームに向かう途中で、「東京ドームは、東京ドーム何個分の広さでしょう?」と問題を出したら、「1個分でしょ」と即答されました笑。


ポールのコンサートはすばらしくよかったです。学生時代から聞いていたEleanor RigbyとかWe can work it outとかLet it beとかの演奏が始まったときには、30年前のあの頃を思い出し、懐かしくて涙が出ました。

Hey Judeのときは、娘は手作りのペンライトのようなものを振って、「Na na na nanana na」の大合唱に参加していました。娘はこれが一緒にやりたかったようです。以前ポールのライブ映像でこれを見て、「自分もコンサートに行ったら、ポールさんに合わせて手を振って歌うんだ」、と言っていました。

一つだけ残念だったのは、アンコールが一回しかなく、Yesterdayが演奏されなかったこと。アコースティックギター一本でポールが弾き語るYesterdayを生で聴きたかった、というのが本音です。実はそれを一番楽しみにしていたので。でもこれは、将来の楽しみにとっておきます。

娘には、「大人になったら、ポール・マッカートニーのコンサートに行ったことは自慢できるよ」と言っています。生きる伝説ですからね。もう少し学年が進むと、ビートルズの曲は教科書にも出てくるでしょう。

しかし本当に生のポールが見られて、同じ空気を吸って、生の演奏を聞いて、一緒に歌って、本当に幸せでした。

約30年も前の学生時代に(しかもその時点でオールディーズとして)聞いていたアーティストが、いまだに現役で、日本にまでコンサートに来てくれることには、本当に驚くと同時に、深い感慨を覚えます。もう76歳だそうですが、ステージ上のポールは、全くそうは見えませんでした。

一方で、自分はあれから大学を卒業し、社会に出て、会社を起こし、病気になり、会社を手放し、いろいろなことがありました。

もちろんポールの30年もいろいろなことがあったと思いますが、いずれにせよ、76歳の今でも現役バリバリで活躍しています。その姿を見て、自分が76歳になったときに、あんなに元気でいられるだろうか、と思ってしまいました。When I'm Seventy-Sixですね。現時点で、今の僕よりも明らかにポールの方が元気ですからね。僕ももっと元気にならなければ、というか元気になれるはず、と思いました。

ポールにはまだまだ元気でがんばってもらって、来年か再来年にはまた元気に来日してもらい、今度こそYesterdayを聞かせて欲しいです。心から待ってますよ、ポールさん!

そしてこれで、昨年の急性骨髄性白血病の発症に伴うイベントキャンセルのリベンジは完了しました。海外旅行もポールのコンサートも実現し、ようやくイーブンに戻しました。これからは全て勝ち越しです。家族で楽しい思い出を積み上げていきたいと思います。

その思い出の一つに、ポールの生Yesterdayが加わるといいなあと思います。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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