2014年02月27日

ギリギリの毎日を生き切る

先日、NTT東日本関東病院に行く際、目黒駅からタクシーに乗りました。タクシーに乗って行き先を告げると、運転手さんが「お見舞いですか?」と言いました。「いえ、自分が・・・」と答えたら、運転手さんは「え、ご自分ですか?どこも病気に見えないですね・・・」と言いました。

別の日のこと。家族で近所を歩いている時、偶然、学生時代の友人に会いました。Facebook上で僕の投稿を見てくれていた彼は、僕の顔を見て、「痩せたけど、意外と元気そうだね」と言いました。

そう、お陰さまで、僕の見た目はほとんど普通です。帽子の下の坊主頭を除いては。でも中身は、毎日、ギリギリでがんばっている感じです。

退院当初に比べて歩ける距離は伸び、歩くスピードも速くなり、足取りはしっかりしてきてふらつくこともかなり減ってきました。

こうして脚力が回復すると、その分、行動量も増えます。出かける先は増えて歩く距離は伸び、歩くスピードも速くなります。タクシーよりも電車を選ぶようになり、駅までの道や駅構内などを歩きます。駅までの行き帰りに、ちょっとスーパーや家電量販店に寄ってみようということも増え、店内を歩き回ります。そうやって歩く距離が増えると、脚の筋力はさらに鍛えられ、それと同時にさらに体力を消耗することになります。

だから、年末に退院してから今までずっと、脚は筋肉痛です。特に、ふくらはぎや足の裏。足の裏は、抗がん剤の副作用による末梢神経のしびれが両足の裏に残っています。普通の靴を履いても、靴底がボコボコになっている健康サンダルを履いているような感覚です。

左足には仙骨部の腫瘍により神経が傷ついたことによるしびれや痛みが、足の裏も含めて足全体に少し残っています。こうした副作用や後遺症のために足の使い方に無理が出るのか、足の裏の筋肉痛は慢性化しています。

以前より全身的な体力はついてきているため、退院当初のように、出かけて帰ってくると早い時間から疲れてソファで寝てしまうということも減ってはいますが、体力がついた分、前述のように行動量も増えているため、常に体力ギリギリで生活している感じです。だから筋肉痛は治まりません。

いま、体力を回復するために、歩くだけでなく、腕立てや腹筋等の筋トレもやっています。この筋トレもできる回数が着実に増え、以前より筋力もついてきているはずなのですが、体重は増えません。退院当初(昨年末)の46kgから52kgくらいまでは2週間ほどで増えたのですが、そこで頭打ちとなり、その後一ヶ月半が経つ今でも51〜52kgにとどまっています。体脂肪率は、先日までは測定範囲外の5%未満。今は5〜6%程度です。以前より間食もしているのですが、それ以上に毎日体力を消耗しているということか、なかなか体重が増えません。

駅までの行き帰りや、行きつけの喫茶店(カフェ カルディ)への行き帰りは、大分安定して歩けるようになってきました。先日も喫茶店のマスターに、「大分足取りもしっかりしてきましたね」と言われました。年末に退院の挨拶に行った時には、足元がふらつくので、マスターが僕の手を取って席まで案内してくれました。今は自分で席まで歩けます。

階段の上り下りも少しずつできるようになり、少なくとも家の階段は、あまり手すりに頼らなくても大丈夫になってきました。ただ駅の長い階段はまだ不安なので、基本的にエレベーターもしくはエスカレーターを使っています。

このように歩くことはある程度できるようになってきたのですが、それ以上のことができません。例えば、横断歩道を渡っている途中で信号が点滅しても、走ることはできません。頭では昔のように走れると思っているので、ある時に走ろうとしたら、膝がガクッと折れてしまい転びそうになりました。ビックリしました。それから横断歩道を渡る時は、青信号の残り時間を確認してから渡っています。

少しでも体を動かそうと家族でNHKの「テレビ体操」をやっても、その場でジャンプする体操ができません。ジャンプしようとしても、足の先がなかなか床から離れません。高齢者を対象としていると思われる体操ができないというのは、ショックでした。

つまり歩くことはできますが、跳んだり走ったりはできません。そして歩いていても足元に傾斜等があるとふらついてしまいます。

また、二年前の脳腫瘍摘出手術の後遺症で視野の左下に視覚障害があるため、街を歩く時には、人や物にぶつからないように歩くのに非常に神経を使います。特に人混みでは、どんなに気をつけていても、必ず人にぶつかってしまいます。だから二年前の脳腫瘍の手術後は、電車での通勤時もラッシュ時は危ないので避けていました。今はこの視覚障害に加えて足元が覚束ないので、余計に大変です。

病気になる前は、どこでも無意識に、神経をそれほど使わずに歩けましたが、今はそうはいきません。足元に気を使い、視野の左下に気を使っていろいろと神経を使いながら歩いています。だから余計に疲れて消耗します。

脚力も視覚障害も自分以外の人からは外見上分からないので、病院の行き帰りにフラフラになって電車に乗っても、席を譲られることは全くありません。まあ見るからに病人なのよりはいいのかもしれませんが(笑)。

また、僕は今回の白血病・悪性リンパ腫では、病気が見つかった当初、仙骨(背骨の一番下のお尻の骨)に大きな腫瘍ができ、それが仙骨から左足に出ている神経を圧迫し、傷つけて、左のお尻から左足にかけて激痛が走りました。7ヶ月の抗がん剤治療で腫瘍は消え、激痛も消えましたが、傷んだ神経の修復には時間がかかるようで、今でも左のお尻を圧迫すると、左のお尻から左足の先にかけて、しびれや痛みが出ます。

だから、お風呂に入る時、洗い場の硬い椅子には直接座れないため、スポンジのマットを敷いて、さらに右のお尻に体重をかけて座っています。湯船に浸かる時にも、右のお尻を底につけ、帯状疱疹で痛みのある右の背中は浴槽の壁につけないようにして、左の背中で壁に寄りかかるようにして浸かっています。つまり体をよじるような体制でがんばってリラックスしています(笑)。

また外出先でお店に入った時には、椅子のクッションに注意が必要です。クッションのない硬い椅子には座れません。できるだけクッションの効いていそうな、柔らかそうな椅子やソファの席に座るようにしています。行きつけの喫茶店(カフェ カルディ)では、一人で行っても、マスターが気を使って2人〜4人用のソファのテーブル席に案内してくれるので助かっています。

最近ブログに書いている帯状疱疹後神経痛の痛みも厄介です。家でも外出先でも、左の背中と脇の下に激しい痛みが来るので、痛み止めの薬(医療用麻薬のオキノーム)は外出先でも手放せません。常に、次にいつ痛みの波が来るかを気にしながら生活しています。

このように、今は常に自分の身体の感覚を意識しながら生きています。以前は無意識にできていたことも、自分の身体の感覚に意識的にならないとできません。ただ歩くだけでも、ふらつかないように、人にぶつからないように、足や目の感覚を研ぎ澄ませて歩いています。だから歩いていても、電車に乗っても、お風呂に入っても、一所懸命にならざるを得ません。以前のように無意識には行動できません。だから、一日が終わる頃には、心身ともに消耗し切っています。

見た目は普通なんですが、中身はいろいろと苦労しているわけですね(笑)。

でも、毎日、その日をギリギリまで生き切っている分、生きているという感覚、そこから来る幸せの実感が、以前より強くなった気がします。毎日、特別なことのない家族三人での生活の繰り返しですが、精一杯、生きている実感はあります。常に、身体の感覚に正直に、ギリギリで今を生き切っている感覚です。そして、幸せです。

まだまだ日常生活でも大変な面はいろいろありますが、でも、最初に5年生存率40%と言われた白血病・悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ腫)を寛解までもっていって、退院できて、自宅で家族と生活できているだけでも、幸せなことです。もっと言えば、2年前の悪性脳腫瘍(グリオーマ)の時も、一般的には5年生存率が25%のところを、東京女子医科大学の村垣先生、丸山先生に手術していただき、命を救っていただいて今があります。

いつも支えてくれる家族、会社を守ってくれているオーシャンブリッジのメンバーも含め、周りの方々への感謝を忘れず、焦らずに、目の前のやるべきことに集中して、毎日を生き切っていきたいと思います。

当面は、体力回復(お散歩等によるリハビリ)、帯状疱疹後神経痛の治療(NTT東日本関東病院)、悪性リンパ腫の維持療法(虎の門病院。4月開始予定)、東京女子医科大学病院での脳腫瘍手術後の定期診察の再開(来月より)、視覚障害の独自リハビリを、無理のない範囲で、適度にがんばっていこうと思います。

<関連ブログ記事>
▼患者に対する周囲の勝手な期待と、理解されない患者の苦労

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投稿者 京塚 : 2014年5月18日 00:06

はじめまして京塚と申します!6年前に膀胱ガンで摘出して人工膀胱袋(ストーマ)を付けてます〜胃も取りあリません
1昨年帯状疱疹患い皮膚はきれいに治ったのですが、後
神経痛に悩まされてます〜麻酔科でリリカを処方して

貰い服用してましたが、右肩後ろが時々激痛に襲われ
ホッカイ炉を下着に貼りつけて、凌いでますー
痛み緩和するサイトを検索してましたら、こちらにたどり着いた次第です。

投稿者 オーシャンブリッジ高山 : 2014年5月18日 11:37

リリカは帯状疱疹後神経痛の特効薬だったはずなのですが、僕もあまり効いていないような気がしています。。。お互い力を抜いて適度にがんばりましょう!

高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や治療に関するご相談はお受けしておりません。

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