2014年08月29日

がんサバイバーの就労・復職・社会復帰について:患者と会社経営者の両方の立場から

最近、がんサバイバー(がん治療経験者)の就労の問題をメディア等で目にする機会が増えているように思います。他の患者さんの闘病記ブログを読んでいても、そういった就労、社会復帰の問題が現実の体験として語られていることがあります。

こんな記事もあります。

▼(社説)がんと就労 辞めずに済む職場に:朝日新聞デジタル

厚生労働省の研究班によると、患者の3人に1人が依願退職や解雇で仕事を失い、東京都の調査でも、5人に1人が退職している。

また退職はしないまでも、業務内容、勤務時間、責任範囲を限定せざるを得ず、収入が減ってしまうというケースもあります。

▼サラリーマンのがん患者 30%が依願退職 4%が解雇されている│NEWSポストセブン

夫はIT企業のエンジニアで、大きなプロジェクトのリーダーを任され、がんで休職する前の年収は800万円ほどあった。しかし、復帰後は役職給と出来高給がごっそり削られ、年収は400万円ほどにダウン。さらに半年もたたないうちに子会社への出向を命じられ、給与は以前の3分の1ほどに落ち込んでしまった。

がんの治療を続けながら会社に復帰すること、がんサバイバーとして仕事を続けて生きていくことの難しさを報じる記事です。

僕自身もがんサバイバーです。2回のがんを経験しました。その経験を仕事と関連させて書いてみます。

2年ほど前、僕が脳腫瘍の治療を経験した後、高校時代の同窓会に参加した時のこと。大学病院のがん専門医をしている同窓生のA君に僕のがんの経験を話していたら、A君は「実はがんサバイバーの就労支援の活動もしているんだよ」と言いました。僕は「じゃあ、僕もがんサバイバーだから、何か協力できることがあったら遠慮なく言ってね」と言いました。同時に「でも、僕は経営者だからちょっと特殊かもね」とA君に言いました。

僕は2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ グレード3)の摘出手術を受け、その後入院中に放射線治療を受け、2ヶ月の入院を経て退院し、その後通院で抗がん剤治療を受けました。退院後は1ヶ月ほど自宅療養した後、少しずつ仕事に戻りました。

手術の後遺症で、視野の左下4分の1が見えなくなり、特に駅などの人混みの多いところを歩くのが危険なため、通勤ラッシュを避け、定時より遅く出社し、早めに退社していました。

仕事の内容も、それまでのように社長としての仕事からマネージャーや担当者レベルの仕事まで、何でも抱え込むことはせず、できるだけスタッフに任せられる仕事は任せるようにしました。それでも、新規事業開発等の自分にしかできない(と思い込んでいた)仕事については、自分でどんどんやっていました。

そのように勤務時間や業務内容等の働き方を自分の都合のいいように変えられたのは、自分が社長だったからです。だからA君には、「僕の復職は特殊だから、あまり他のがんサバイバーの方の参考にはならないかもね」と言いました。

その後、白血病・悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ腫)が見つかり、2013年5月から7ヶ月間入院し、化学療法(抗がん剤治療)を受けました。非常に辛く長い治療でした。先の見えない治療、辛い副作用、治療が終わっても完治するとは限らない現実に、精神的にも落ち込んでいた自分は、

退院しても、もう自分には社長としての責任を背負い、業務をこなすのは難しいだろう

と考えていました。また、

社長としての責任と業績に対するプレッシャー、そして自分で抱え込んだ大量の業務が、僕が2回もがんになった理由だろう

とも考えていました。

そんな時、創業メンバーであり取締役でもあるオーシャンブリッジのナンバー2である持木君がお見舞いに来てくれた際、こう申し出てくれました。

高山さん、僕が社長をやるので、高山さんは会長になって、当面は治療に専念してください。

(詳しい経緯はこちらの記事をご参照ください:「退院しました(その1)そしてオーシャンブリッジの社長を退任し、会長になりました。」)

僕は学生時代から、将来は社長として会社を経営することを目標にしていました。実際に2001年にオーシャンブリッジを起業した後も、人生の目標は「できるだけ長くオーシャンブリッジを経営し続けること」でした。アーリーリタイアメントとか、社長の座を誰かに譲るなんてことは、考えたこともありませんでした。

しかし、辛い抗がん剤治療を受けながら、

もう社長は無理だ、社長を続けていたら自分は間違いなく病気で死んでしまう

と思っていました。そんな時に、持木君が「社長をやります」と申し出てくれたのです。僕はすぐに了承しました。持木君が手を上げてくれたことがうれしかった反面、自分が立ち上げた会社の社長の座から離れることに、寂しさも感じていました。

そして2013年12月、僕が入院中に、正式に僕は社長を退任し、代表取締役会長に就任しました。

その後、同月19日に退院し、自宅療養生活に入りました。今も月に2回ほどオフィスに顔を出す程度で、ほとんど仕事はしていません。オーシャンブリッジの経営は、持木君をはじめとする新経営陣に任せています。

仕事はほとんどしないながらも、代表取締役の一人としての経営責任を負っていることもあり、会長としての役員報酬は会社からいただいています(もちろん社長時代よりは減らしましたが)。

一時は仕事をしていないという罪悪感から「週一回くらいは出社してミーティングに出ようか?」と新経営陣に話してみたんですが、「高山さんは身体を治すのが仕事ですから!」「会社のことは僕たちを信頼して任せてください!」と断られてしまいました。

しかし、僕がいない中でも新経営陣とスタッフのみんなは、着実に業績を伸ばしてくれています。だからこそ、僕も役員報酬をもらえているわけです。赤字だったら役員報酬どころではありませんから。

・・・そんなことを、先日の通院の時に電車の中で考えていて、ふと思いました。

あれ?そういえば、がん治療の結果、役職や仕事内容の変更や、収入の減少を受け入れざるを得なかったという意味では、僕もそれほど特殊ではなく、他のがんサバイバーの人と全く違うというわけではないのかも知れない

もちろん役職が変わったと言っても社長から会長に昇格(一応は)したのであり、収入も社長時代よりは減ったとはいえ、生活に困るようなことはありません。

その点では非常に幸運であり、一般のがんサバイバーの例とは異なるかもしれませんが、でもがんによって、半ば強制的に、自分がこだわった社長の座を手放さざるを得なくなったのは事実です。

しかし、僕は、それが自分のためでもあり、会社のためでもあると考えて、自分で決断しました。実際に今、その決断は正しかったと思っています。

自分は健康を第一にした生活を送り、家族とも十分な時間を過ごせています。毎日家族三人で夕飯を食べ、4歳の娘と一緒に寝ています。社長時代には考えられなかったことです。

会社は、トップダウン型のリーダーシップで、しかも何でも自分でやらないと気がすまない僕が社長ではなくなり、ボトムアップ型もしくはフォロワーシップ型の持木君が社長になり、それを取締役営業部長の川喜田君と経営管理部長の山下さんが支える体制になったことにより、幹部もスタッフも、僕に遠慮することなくそれぞれの潜在能力を最大限に発揮してくれるようになり、それが業績の成長につながっていると思っています。

オーシャンブリッジは、僕が社長を退任することで、一つ上のステージに上がったのだと考えています。そしてそれが必要な時期だったのだと思います。僕の脳腫瘍が見つかったのが、会社の10周年の創立記念日その日だったというのが、それを象徴していると思います。

お陰さまで、僕の体力も少しずつ回復しています。疲れやすいというのはありますが、これから少しずつ無理のない範囲でオフィスに顔を出す回数を増やしていければと考えています。このように自分の復職のペースを自分で決められるのは、やはり幸運なことであり、また僕がいなくても会社をしっかり回してくれている持木君や幹部、スタッフのお陰だと本当に感謝しています。

僕は、がんという病気は、「あなたの働き方を見直しなさい、そうしなければ先は長くありませんよ」というメッセージでもあると思っています。そういう意味でも、僕は2度のがんを経験しなければ、自分のアイデンティティでもあり人生の目標でもあった社長という立場を手放すことはできなかったと思います。

それ以外にも、がんによって手放さざるを得なかったものはたくさんあります。でもがんにならなければ得られなかったものもたくさんあります。これからは、がんによって得られたものを大切にしていきたいと思います。

そして一人のがんサバイバーとして、自分の経験をこのブログで共有していければと思っています。

次に、がんサバイバーとしての立場ではなく、経営者、雇用者としての立場から考えてみます。つまり、もし社員ががんに罹ってしまったらどうするか、ということです。これは、以前、経営管理部長の山下さんとも話したことがありますが、個別に治療や体調などの状況を聞きながら、個別に柔軟に対処していくしかないのかな、と思います。

比較的類似したケースとして、女性社員の出産がありますが、こちらは妊娠から出産、その後の育児まで、ある程度は共通の枠組みやスケジュール、ルールのようなものが社会的にもある程度合意されています。

ただ、がんのような病気の場合、治療の内容も期間も副作用も後遺症も患者によってまちまちで、退院後どのくらいの期間で体力等が回復し、復職できるかも一概には言えません。また復職できたとしても、どのくらいの勤務時間でどのような業務ができるかは、治療の後遺症などによっても変わってきます。

例えば僕の場合、前述のように脳腫瘍の手術後は後遺症として視覚障害で視野左下が見えなくなったため、会社の事業計画などの大きなExcelファイルを編集するのに非常に苦労したのを覚えています(P/Lの左端の科目名が見えない)。

また昨年の白血病・悪性リンパ腫の治療からの退院後は、抗がん剤の副作用で手足の指先に痺れが残り、PCのキーボードを打つのに苦労しました(指先の感覚が無いため、キーボードのホームポジションのポッチが分からない)。

ただ、オーシャンブリッジの基本的な考え方は、社員にはできるだけ長く働いてもらいたい、ということです。実際、育児休業から復職して活躍している女性社員も2名います(経営管理部長の山下さんも)。基本的な規則はありながらも、それぞれ個別に事情を聞いて話し合いながら、本人にとっても、会社にとっても最適な働き方を模索しながら働いてもらっています。

がん闘病についても、同じことではないかと思います。個別の事情を聞いて、お互いに話し合いながら、ベストな働き方を模索するしかない、ということです。ここは、自分自身のがんサバイバーとしての経験が活かせると思います。

また、そもそもがんになったことを上司、会社に言えない、という問題もあるという記事も目にします。だから日頃から社内の風通しをよくし、経営陣がスタッフとのコミュニケーションをしっかりとっている会社であることが大切なように思います。その上で、もしがん治療に臨む社員が出た場合は、できるだけのサポートをする会社でありたいと思っています。

もちろんオーシャンブリッジでは、がん患者は僕一人で十分だと思っています。社員ががんにならないように、仕事量やストレスには気を配れる会社でありたいと思います。

そして僕は、自分のがんが再発しないよう気をつけつつ、特に持木君をはじめとする幹部のみんなが病気にならないように気をつけてあげたいと思っています。

それが会長としての僕の今後の大切な仕事の一つだと考えています。

【追記 2014/9/1】
厚生労働省が、「がんと就労」に関する各種ガイドライン・マニュアル類を公開しています。特に「がんと仕事のQ&A」や「企業のための<がん就労者>支援マニュアル」などは参考になるように思います。

▼がんと就労-「がん患者・職場関係者・医療者に向けた就業支援カリキュラムの開発と普及啓発手法に関する研究」厚生労働省

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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