さい帯血移植から5年経過で長期フォローアップ外来を卒業

先日このブログに書いたように、2017年に受けた白血病のさい帯血移植から5年が経ちました。
LTFU卒業とカード


5年経過したことにより、これまで定期的に通っていた「移植後長期フォローアップ外来」(LTFU)から卒業となりました。

移植後長期フォローアップ外来(LTFU)

「移植後長期フォローアップ外来」では、移植後に半年に一度、血液内科の、主治医(山本豪先生)とは別の先生(森先生)と、移植コーディネーターの方(成田さん)が外来で診察してくれて、移植患者に必要となる予防接種や検査などの退院後の長期的なフォローをしてくれます。
例えば、造血幹細胞移植を受けると、血液を作る骨髄がドナーさんのものに置き換わり、そこで作られる白血球や赤血球、血小板などの血液中の血球も、ドナーさんのものに置き換わります。
それに伴い、自分が子供のころに受けた予防接種で作られた抗体が、全てゼロクリアされてしまいます。ウイルスなどの外敵に対する免疫が、生まれたばかりの赤ちゃんの状態に戻るわけです。
そのため、移植後は赤ちゃんと同じように、必要な予防接種を順次受けて、伝染病に対する免疫をゼロから作っていく必要があります。
また、移植患者は骨密度が低下しがちのため、定期的に骨密度検査をし、結果によっては治療が必要となります。僕も骨密度が低く、腰椎を圧迫骨折してしまったこともあり、現在服薬治療中です。
こうした移植後の患者に必要となる予防接種や各種検査などをしてくれるのが「長期フォローアップ外来」です。
基本的には移植後の5年間、半年おきに受けることになっています。
このフォローアップ外来の診察を受けると、移植コーディネーターの成田さんがカードにスタンプを押してくれます。虎の門病院ということで虎のマークのスタンプです。
このカードのスタンプ欄が、今回、埋まりました。移植から5年経って、長期フォローアップ外来は卒業ということです。
スタンプで埋まったカードを見ると、移植からもう5年経ったんだ、と感慨深いものがあります。
カードの「卒業!」の文字を見ると、半年ごとにお会いしてきた森先生と成田さんの診察もこれで終わりなんだ、と少し寂しい思いもします。

記憶のあいまいさ

あれだけ辛く苦しかったさい帯血移植の経験も、時間が経つにつれてどんどん過去の記憶になっていき、あいまいになっていきます。
でもこのカードを見ると、「あれは5年前の経験だ」と明確に意識できます。「もう5年も前」とも思うし、「まだ5年前」とも思います。でもどちらにしても間違いなく「5年前」です。
人間の記憶は、時間が経つにつれてあいまいになり、そして自分の都合のよいように書き換えられていきます。
経験したことの中身や前後関係などの記憶が、ゆがんだりねじれたりしていきます。
だから今回のカードのように客観的な記録を見ると、改めて、「もう5年か」とあいまいな記憶の中に時間軸の旗を立てることができます。
人間の記憶があいまいで不確かなものだからこそ、自分の経験を、自分の頭とは別の場所で、記録し保管しておくことには価値があります。
5年前の移植治療の間には、うれしいことも、辛く苦しいこともいろいろありました。
湯淺先生がさい帯血を太い注射器で輸注してくれたときのこと。
移植後に40度を超える高熱が数日続いたこと。
明け方に胃にドリルを突き立てられるような激痛で目が覚め、看護師さんに先生を呼び出してもらったこと。
突然容体が急変し、血圧が急降下し、病室に多数の先生や看護師さんたちが集まってきて、心拍数モニターのアラーム音の中で、生死の境をさまよった夜のこと。
そのとき病室にいた当直医は、僕があのまま死んでしまうと思っていたようだと、後日聞かされたこと。
誕生日当日に、家族がお見舞いに来てくれた中で、湯淺先生が生着の報告に来てくれてみんなで祝ったこと。
こうした忘れたくない経験や、忘れてはいけない経験を、頭の中から取り出して、このブログに記録しています。

記憶を頭の中から取り出して記録し保管し共有する

頭の中の記憶を、確かなうちに記録しておけば、時間が経ってもそのまま取り出すことができます。将来、自分が振り返ったときに、あいまいで不確かな記憶を補正することができます。
また未来の自分だけでなく、娘や妻がいつか読み返すかも知れません。
さらにブログという形で一般に公開・共有することで、今、同じような治療を受けている患者さんの役にも立つかも知れません。

経験に紐づけられた感情が引き出される

自分でも、折に触れてこのブログを見返すと、「ああ、あれはもう8年前の話か」とか「あのときはこんなことを考えていたんだ」とか、改めて発見があります。
そして、文章として書いてある経験だけでなく、その経験に紐付いた気持ちや感情、あるいは言葉にできない感覚のようなものがよみがえることもあります。
特に、治療中の辛いときにお世話になった医師や看護師さん、お見舞いに来てくれた友人・知人、応援メッセージをくださったみなさん、そしてずっと支えてくれた家族に対する感謝の思いがよみがえってきます。
辛い経験の記憶も、年月が経てば少しずつ、少しずつ薄れていきます。まさに「喉元を過ぎれば・・・」ということです。
でも、感謝の気持ちは忘れたくありません。
そうした感謝の思いを薄れさせないためにも、自分にとってはブログは意義のあるものになっています。
そんなことを思いながら、このブログを書き続けています。