2012年04月05日

帽子が取れた:がん治療による脱毛とその後の発毛の時期について

新年度に入り、この4月2日から、外出、出社する際に帽子をかぶるのをやめました。病気(悪性脳腫瘍/グリオーマ/神経膠腫)治療で抜けてしまっていた髪の毛がほぼ元通りに生えてきたのと、暖かくなってきたのが理由です。ちょうど新しい年度の始まりでもありますしね。

がん患者さんは、脱毛のために帽子をかぶっていることがあります。抗がん剤治療の副作用で頭髪が全部抜けてしまうというケースが多いのではと思います。

僕の場合は、抗がん剤(ニドラン/ACNU。現在2ヶ月おきに点滴中)では脱毛しませんでした。もともとこの抗がん剤は副作用が少ないようで、脱毛以外の副作用もほとんどありません。

僕の脱毛の理由は、頭部への放射線治療です。

脳腫瘍摘出手術後の放射線治療では、脳の後頭葉右側、つまり手術で摘出した腫瘍があった場所にできるだけ限局するように、リニアックという装置で5方向から放射線を当てました。その放射線が当たったところ、具体的には後頭部から右前頭部にかけての頭髪がゴソッと抜けました。面積で言うと、全体の40%くらいのエリアの頭髪が抜けた感じです。

特に放射線が集中している右後頭部は、毛が全部抜けてつるつるのスキンヘッド状態になり、それ以外の部位は、放射線の当たり具合によって多少は毛が残ったりしました。

ちなみに、手術の前に髪の毛を丸刈りにするということはありませんでした。僕は東京女子医大病院への入院前は、「頭の手術だから、入院したら丸刈りにされるものだ」と勝手に思っていたのですが、実際にはそんなことはありませんでした。手術室に入って麻酔をかけられた後に、メスを入れる形に沿って後頭部の髪をコの字型に剃られただけでした。

さて、僕の髪の毛が抜け始めたのは、放射線治療が昨年7月25日に始まってから3週間ほどが経過した8月中旬でした。入院中、Evernoteにライフログ的に残していたメモを見ると、8月16日に、

思ったより広範囲に髪が抜けて来た。昨日SKさん(注:看護師さん)にも言われたとおり、普段からバンダナをすることに。

とありました。自分としては後頭部だけが抜けるものと勝手に思っていたんですが、頭頂部、右前頭部まで抜けてきました。でも自分ではあまり気にせず、何もかぶらずに病院内を歩き回っていたんですが、それを見たSKさんが、「高山さん、そろそろ病室を出る時は帽子か何かかぶったほうがいいかも」とアドバイスしてくれたのです。

その翌日の8月17日には、枕代わりにしていたタオルに大量の抜け毛がついていたため、SKさんにお掃除用のコロコロ(粘着性のクリーナー)で取ってもらっています。

そして抜け始めて1週間ほどで、脱毛はほぼ止まります。8月22日の記録にこのようにあります。

日勤の担当はSHさん(注:看護師さん)。大体髪の毛の抜けは一段落ではとのこと。

その後、9月2日に放射線治療が終わり、9月3日に退院しました。退院してからも外出する際は、常に帽子をかぶるか、バンダナを巻いていました。夏の間はバンダナで、寒くなってきたらニット帽です。会社に行く時にも、仕事で人に会う時にも、ニット帽をかぶっていました。

11月9日の記録にこうあります。

しばらく前から髪がまた生えてきたせいか、後頭部がかゆい

放射線治療が始まってから3ヶ月半、脱毛が始まってから3ヶ月弱、そして放射線治療が終わってから2ヶ月ちょっとで、また髪の毛が生え始めたということですね。確かにあの頃はつるつるの後頭部が妙にかゆかったです。

そして今週2012年4月2日に、晴れて帽子が取れました。放射線治療が始まってから8ヶ月とちょっと、脱毛が始まってからは7カ月半ほど、そして放射線治療が終わってからちょうど7ヶ月です。

放射線治療前や治療中には、放射線科のKM先生から、確か「放射線治療が終わってから半年から一年くらいで髪の毛は元に戻るでしょう」と言われていました(記録が残っていないので若干自信がないのですが)。僕の場合はちょうど7ヶ月でした。普段から髪の毛を短くしているので、比較的早く元に近い状態に戻ったということかも知れません。

実際は今から2〜3ヶ月ほど前から、家族からは「もう大分生えてきて、全然違和感無いよ」と言われていました。でも自分としては、全部抜けてしまった後頭部に生えてきた新しい毛がまだ産毛のように細いので、それが気になって、帽子を手放せないでいました。寒い時期は帽子をかぶっていると暖かいですしね。

でも、ちょうど新しい年度に入ったことでもありますし、これを機会に帽子を外すことにしました。新年度を迎えて、晴れて7カ月半の帽子生活ともおさらばです。

今回帽子が取れて、また一歩、普通の自分に戻ったように感じています。体調もほとんど問題なく、最近は毎日会社に出社して仕事をしています。

でも、身体は元に戻りつつありますが、以前のような無理な働き方、不規則な生活には絶対に戻さないように、気をつけていきたいと思います。

今のペースをできるだけ維持しつつ、ストレスをうまくコントロールして、免疫力を高く維持し、病気(グリオーマ)を再発させないことを最優先に、一日一日を大切に生きていきたいと思います。
さらば、バルサのニット帽

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投稿者 こうちゃん361 : 2012年4月 7日 00:50

ひとつひとつ確実に普通の生活に戻られているようで、私も自分のことのように嬉しいです。この病気は確かに難しいことも多いですが、同病の人に巡り会うとなぜか戦友のような気分になります(相手がどう感じているかは別にして)。

私の場合は抗がん剤もきつく、頭髪以外に眉毛もまつ毛も抜けました。頭髪は帽子で隠せますが、眉毛が抜けると人相が全く変わる(ヤクザ俳優の志賀勝さんのようになる)ので、仕方なく家内の眉墨を借りて毎朝眉を描いておりました。

私も約半年位で帽子が取れたように覚えています。抗がん剤はホルモンのバランスも狂わせるようで、それから生えてきた髪は以前に比べるとうんと白髪が少なく黒々としていました。ですから周囲から「あぁとうとうカツラにしたのですね」と言われたものでした。ようやく3年以上経って、抗がん剤の効果が切れたようで、白髪が増えてきました。

投稿者 いろは : 2012年4月 7日 16:48

帽子をかぶらなくてもよくなったとの事、良かったですね。
元気に仕事をされている姿を想像し、私もうれしいです。

息子も、昨日退院しました。
私は胸がいっぱいになりました。
息子も今、髪の毛が抜けて、ひどい状態です。
リニアックを照射し始めて3週間目から抜け出しました。息子は、左前頭葉でしたので、左側が、ほとんどない状態です。幸い服用していた抗腫瘍薬(テモダール)の副作用は、全くなく、元気な事が救いです。
ブログを拝見すると、元気が出ます!息子も、グリオーマの乏突起膠腫、グレード3でしたので。(顔は2だが、増殖速度は3、と言われました)
息子は、2週間後にMRIを撮ります。テモダールは、5日飲んで、23日休みを12回続けるそうです。抗けいれん薬は、2年服用しないといけないそうです。

9日から学校へ行くと言っております。とてもうれしいのですが、帽子をかぶっての登校や、右手に少し麻痺が、残った事もあり、不安です。(幸い、左利きでした!)

高山さんが、先を歩いて下さっているので、本当に心強いです。

投稿者 オーシャンブリッジ高山 : 2012年4月 9日 14:13

こうちゃん361さん、いつもありがとうございます。
「戦友」、分かります。同じ体験を共有している安心感を感じると言いますか。

僕は友人や先生から、放射線治療で抜けたあとに生えてくる髪の毛は、変なくせ毛になることがあるよ、と言われていました。実際生えてきた毛は確かに他の毛とは違うはね方をするので、「高山さん、寝癖が」と言われないように、たまに触って確認しています(笑)

投稿者 オーシャンブリッジ高山 : 2012年4月 9日 14:20

いろはさん、コメントありがとうございます。
息子さんが退院されたとのこと、おめでとうございます!

息子さんの髪の毛が抜けるのを見るのは、本当に親として胸が痛むことと想像いたします。でも髪が抜けるのは一時的なものですからね。すぐ生えてきます!

ブログが多少なりともお役に立てているようで、本当にうれしいです。グレード3のグリオーマはもう治る時代だと思います。これからもともにがんばりましょう!

投稿者 ひろし : 2012年5月31日 15:07

車の運転はどうしましたか?私は3カ月禁止と医者から言われましたが正直仕事上無理です。どうすればいいですかね、医者の判定書はどれ程効力あるんでしょうか

投稿者 オーシャンブリッジ高山 : 2012年5月31日 15:45

ひろしさん、私はプライベートでも仕事でも車は特に必要でないため、術後は全く運転していません。プライベートでは車は持っていますが、そもそも年に一回運転するかしないか程度でしたので(笑)

先生からは、術後2年あるいはけいれん発作から2年は車を運転してはいけない、と説明を受けたような気がします。私の場合、けいれん発作については術前に一回あっただけで、その後は全く起きていないので、今後も起きる可能性は低そうです。

でもそれとは別に、現在はまだ視覚障害が残っており、視野左下が見えにくいため、いずれにせよ危なくてまだ運転は無理ですね。徒歩で人ごみを歩くのも危ないくらいなので・・・。

ということで参考になるお話ができなくて恐縮ですが、やはり主治医の先生とよく相談するしかないかと思います。事故を起こしては大変ですので・・・。

高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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