2014年10月17日

維持療法・強化療法の考え方/ついに末梢神経障害が/マスクをした家族写真:白血病・悪性リンパ腫闘病記(59)

前回の闘病記からの続きです。

◼︎2013年7月21日(日)。入院70日目。抗がん剤治療開始から62日目。

朝、洗面所で歯を磨きつつ他の患者さんとおしゃべりをしていたら、担当医のMY先生が通りかかったため、そのまま捕まえて(笑)お話し。と思ったら、点滴のポンプのバッテリーの充電が切れたため、点滴棒を押して病室へ戻り、iPadでMD Anderson Cancer Centerの論文を見ながら、引き続きMY先生とお話し。

この時期には、基本的な治療方針として、骨髄移植は受けずに化学療法(Hyper-CVAD/MA療法 + リツキサン)のみで治す、という方針で気持ちは固まっていたため、この日はその後、つまり退院後の維持療法(Maintenance Therapy)、強化療法(Intensification)について相談しました。

僕の病気(B細胞性リンパ芽球性リンパ腫(B-LBL)・急性リンパ性白血病(ALL))に対する入院中の化学療法(Hyper-CVAD/MA療法 + リツキサン)については、MD Anderson Cancer Center
と虎の門病院のやり方(レジメン)は基本的に同じです。でも退院後の維持療法、強化療法に違いがあります。

MD Anderson Cancer Centerでは、維持療法として、2年半の抗がん剤・ステロイド剤の服用(ロイケリン、メソトレキセート、プレドニゾロン)と注射(オンコビン)を行っています。さらに、強化療法として、退院の半年後と一年半後に改めて入院して、初回入院時と同じHyper-CVAD/MA療法 + リツキサンの点滴治療を1コースずつ行います。2コース合わせて2ヶ月ほどの再入院を、2回することになります。

しかし、虎の門病院では、Hyper-CVADなどの強力な、つまり副作用の強い抗がん剤治療を長期に渡って行った患者に対しては、退院後はQOL(Quality of Life)を優先するため、維持療法、強化療法はあまり行わないとのこと。

特にこの強化療法は改めて入院が必要となります。MY先生によると、

治療の目的として、早く退院して、できるだけ長く日常生活を送るということもあります。それなのにまた入院してまで強化療法を行う必要があるのかは、慎重に考える必要があります。当然、抗がん剤治療は副作用や感染症のリスクを伴います。総合的な判断が必要です。
この初期治療後の維持療法や強化療法については、明確な効果を示すデータがありません。「維持療法は短期の再発は防ぐが、長期生存率には寄与しない」というデータもあります。MD Anderson Cancer Centerの高い生存率が、この維持療法や強化療法によるものかも、この論文だけでは分かりません。
そのため、退院後の維持療法や強化療法は学会でも決まった方針がなく、各病院がそれぞれの考え方でやっています。その中で成果の出た治療は論文になって公表されることになります。でも今のところそうした論文は見当たりません。だから維持療法をやっていない病院もあります。
高山さんについては、維持療法や強化療法をどうすべきか、主治医のGY先生とも相談しているが、まだ結論が出ていません。もちろん、MD Andersonの考え方で維持療法・強化療法をやってみるという選択肢もあります。その場合、外来診察を担当するGY先生が対応してくれます。
いずれにせよ、現在の化学療法(Hyper-CVAD/MA療法 + リツキサン)が8コース終わってから、PET-CT検査で治療効果を評価し、その時点の最新の論文もレビューした上で、相談して決めましょう。

とのことでした。入院中の治療方針は固まりましたが、次は退院後の維持療法の方針について頭を悩ませることになりました。でもそれは、一歩前に進んだということでもあります。

この日、なんとなく指先のしびれが強くなり、触感が鈍ってきている感じがし始めました。シャワーの時にボディソープのフタを開けようとして開けにくかったり、食事の時に箸を持とうとして取り落としてしまったり、薬をシートから押し出すときに手間取ったりしました。日常の手作業で不都合を感じるようになってきていました。

MY先生に聞いてみると、下記のようなお返事でした。

手足の痺れは、2日前に注射した抗がん剤のオンコビンの副作用による末梢神経障害でしょう。

抗がん剤の副作用には、徐々に身体が慣れてきて弱まってくるものもあれば、抗がん剤が体内に蓄積することでより強く出るものもあります。末梢神経障害については、抗がん剤治療が終われば治っていくと思います。ただ、数ヶ月単位で時間はかかると思います。

実際、僕の場合、昨年12月の退院時点では、手先や足裏のしびれは残っていました。手の指先については感覚がなく、PCのキーボードのホームポジションを示すFとJのキーにあるポッチが分からず、キーボードのブラインドタッチができないような状態でした。熱いものを触っても熱を感じませんでした。ただこの手の指先のしびれは、退院後数ヶ月で完全になくなりました。

逆に、足裏のしびれは、退院から10ヶ月が経つ今でも残っています。普通のスニーカーを履いていても、底がボコボコした健康サンダルを履いているような感触が今も続いています。いつか治ってくれるといいなあと思っています。

この日は、長野から母と姉がお見舞いに来てくれました。それに合わせて家内と娘も来てくれました。親族が集まって、楽しい時間を過ごせました。

せっかく集まったので、ロビーでみんなで写真を撮りました。無菌病棟のため、みんな感染予防のマスクをして、ビニールのガウンを着た状態でした。マスクのためにみんなの目しか見えない写真ですが、今となってはいい記念になっています。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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