2019年01月25日

インフルエンザでタミフルを服用/帯状疱疹後神経痛の悪化

先日の日曜日に家族にインフルエンザが出まして、自分も少し熱があるな、と思っていたところ、案の定、翌月曜日の朝には39.0度に。

タミフル

これはまずいと虎の門病院に電話して、湯浅先生に「近所の内科でインフルエンザ検査をしてもらえばいいか、それとも虎の門病院まで行ったほうがいいか」ということをお聞きしたところ、

「仮にインフルエンザ検査の結果が陰性でも、さい帯血移植をした高山さんの場合は薬を投与したほうがいいです。そのあたりの対応を考えると、近所の医者ではなく虎の門まで来てもらったほうがいいですね。」

とのことで、タクシーを飛ばして虎の門病院へ。採血や診察室前の順番待ちをすっ飛ばして、内科処置室へ。

そこで採血、インフルエンザの検査(鼻の穴の奥に細い綿棒的なものを突っ込む)をし、肺炎を起こしていないかを見るために胸のレントゲンへ。

終わって処置室に戻ってきたものの、座って待つのは辛く、ソファの上でうなだれて寝ていたら、看護師さんが「高山さん、ベッド使いますか?」と横にならせてくれました。

熱で朦朧としていたのでベッドに横になったら寝てしまいました。そして検査結果が出るたびに、看護師さんが「胸のレントゲンは大丈夫でしたよ」とか「やはりインフルエンザA型が陽性でしたよ」と教えてくれました。

「まあやっぱりインフルエンザだよなあと思いつつまた夢の中へ。採血結果が出てから湯浅先生が来てくれました。

「高山さん、インフルエンザA型ですね。でもレントゲンも採血結果も特に問題はありませんでした。薬はタミフルを出しておきますので、熱が下がったように見えても5日間は必ず飲み切ってください。」

僕の方から質問してみました。

「今年は免疫力も上がってきたということで予防接種も打つことができたのに、こうして感染してしまったのは、ワクチンの型と実際に流行したウイルスの型とが食い違ってしまったのか、あるいは、やはりまだ免疫力が十分でなく、ワクチンを打っても抗体がしっかりつくれなかったのか、どちらなんでしょう?」

湯浅先生の回答はこちら。

「それは厳密にはなんとも言えないんですよね。でも患者さんの中にはもっとひどい症状の方もいます。高山さんは、予防接種を打ったからこの程度で済んでいる、という考え方もできます。」

さらに続けてこう言いました。

「移植患者さんがインフルエンザにかかると、最初の高熱から2-3日後に、体が苦しくなります。インフルエンザウイルスは体の中で炎症を起こす力が強く、その炎症に煽られて、GVHD(移植片対宿主病。移植したさい帯血が体の中のさまざまな臓器に引き起こす拒絶反応)が強く出るのです。」

これは怖い、と思いながら病院を出ました。

病院から薬局経由で帰ってからは、タミフルを飲み、高熱は解熱剤のカロナールを使って下げて、寝ていました。

翌火曜日の熱は38.6度。多少下がった程度。

水曜日の朝は37.7度。一気に1度近く下がりました。さらに夜になると36.6度へ。完全に平熱になってしまいました。

でも、熱が下がった代わりに、帯状疱疹後神経痛の痛みが激しくなってしまいました。普段の痛みは、医療用麻薬の痛み止め、オキノームを飲めばある程度治まるし、どんなに痛みがひどくても2包飲めば何とかなるんですが、この時は違いました。

通常よりも痛みの強さも強く、痛みが起きるサイクルも短く、簡単に言って、普段とは比べ物にならないくらいに痛い。そしてオキノームを飲んでも全然痛みが軽くならない。2包飲んでも効かない。

これが、最初に高熱を出した月曜日の2日後の水曜日の状況でした。

湯浅先生が言っていた、高熱から2-3日後が辛い、というのは、僕の場合、帯状疱疹後神経痛の痛みの悪化だったようです。

帯状疱疹後神経痛はGVHDではありませんが、インフルエンザの炎症が、帯状疱疹で傷ついた神経に、なんらかの悪影響を与えたものと思います。

そして今日、金曜日。熱は36.7とほぼ平熱。帯状疱疹後神経痛の痛みは、今回のインフルエンザにかかる前の状況程度には戻りました。激しく痛いですが、麻薬を飲めばある程度抑えられる、という状況です。

このように症状は回復してきているんですが、高熱で寝込んでいて消耗したこと、そして、ウイルスがお腹にも来たのか、久しぶりに下痢になって食欲もあまりなかったことから、体重が減ってしまいました。火曜日に50.7キロだったのが、今朝の時点では47.7キロになっていました。3日で3キロの減少です。

特に、寝込んでいて歩いていないので、脚の筋力の低下が著しく、床から立ち上がることや、階段の上り下りが困難な状況です。ただ歩くだけでもふらつくので、これから外出できるようになった後は、転ばぬよう気をつけなければなりません。ただ、それでも歩かないと、足の筋力は戻らないので、難しいところです。

昨年4月の急性骨髄性白血病さい帯血移植以降、治療で失った体重と体力を戻そうといろいろがんばってきたのですが、このインフルエンザのような病気にかかると、それまで地道に積み上げてきた体重と体力が一気に失われてしまいます。

上がる時はじりじりと、下がる時は一気にドカン、というのは株式市場と似ています。一時的にはショックですが、また時間はかかっても上がっていくことを信じるしかありません。

焦らずに、しっかり食べて、少しずつウォーキングなども再開して、体重と体力を取り戻していきたいと思います。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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