2019年04月22日

2歳と3歳のバースデーケーキ

先日、2歳の誕生日を迎えました。

さい帯血移植を受けてからまる2年という意味です。

2歳のバースデーケーキ

造血幹細胞移植を受けた患者さんは、移植した日を「第2の誕生日」ということがあります。僕にとってのこの第2の誕生日は4月14日です。

移植治療では、強い抗がん剤で自分の体の中の造血幹細胞(赤血球や白血球などを作る元になる細胞)を全て破壊し、全身の血液中の血球も殺した上で、新しい造血幹細胞を移植します。

僕の場合は、赤ちゃんが生まれたときにへその緒から採取されたさい帯血をいただいて移植しました。

関西地方で2016年に生まれた女の子のさい帯血です。いま、僕の体の中にはこの女の子と同じ血が流れています。もともと血液型がB型だった僕は、その女の子の血液型、A型に変わりつつあります。

▼骨髄移植を上回るさい帯血移植:白血病、赤ちゃんがつなぐ命のリレー|オーシャンブリッジ高山のブログ

その移植からまる2年。過ぎてみるとあっという間でした。

そのあっという間の2年間には、移植前に考えていたよりもうまくいったこともありましたが、うまくいかなかったこともありました。

うまくいかなかったのは、体の回復です。体力はなかなか戻らず、体重は増えず、いまだに体調も不安定です。

短期での上下はあれど、月単位では緩やかな右肩上がりで回復していくものと思っていたのですが、そうではないようです。

1年前には体重は増加傾向にあって、53キロ前後だったのですが、今は49キロ前後です。戻るどころか、1年で4キロほど減ってしまっています。冬にインフルエンザを含めて何度か熱を出して寝込んでしまい、そのときに失った体重が戻っていないのだと思います。

体重が増えないと体力も戻りません。いまだに、電車で出かけると、次の日以降は疲労でしばらく寝込んでしまいます。

ただ、何度か書いているのですが、これは焦ったからといってどうにかなるものではなく、時間が解決してくれるもののようです。時間にしか解決できないことなので、あまり気にしないようにしています。

一方、うまくいったのは、移植から1年3ヶ月後の昨夏には海外旅行に行けたこと。

▼さい帯血移植後はじめての海外旅行で家族との約束を果たす|オーシャンブリッジ高山のブログ

Vacation at beach

まさかこんなに早く、飛行機に乗って海外旅行ができるまでに体力、気力ともに回復するとは思っていませんでした。

この頃は急速に体力が回復していたのです。そういう時期もあればそうでない時期もあるということです。

このようにいろいろありますが、でも、何よりも移植から2年経った今も、元気に生きていられることに感謝です。

家族は2歳の誕生日をバースデーケーキでお祝いしてくれました。

2歳のバースデーケーキ
(妻撮影)

これまでのいろいろなことを考えると、家族でこうしてケーキを囲んでお祝いできることだけでも、本当に幸せなことです。

僕がさい帯血をいただいたドナーの赤ちゃんは、今年で3歳です。

きっと大きくなったんだろうなあ。
3本のろうそくを灯した誕生日ケーキでお祝いしてもらうんだろうなあ。
さい帯血を提供してくれてありがとう。

西日本のどこかに住む女の子とそのお母さんに感謝し、急性骨髄性白血病だけでなく、悪性リンパ腫脳腫瘍の闘病も支えてくれた家族に感謝して、2本のろうそくが立ったバースデーケーキをいただきました。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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