2021年05月13日

娘が初めてお小遣いで買ってくれたサプライズプレゼント

前回、僕の50歳の誕生日のことを書きました。

しかし、誕生日のうれしいイベントは、これだけではありませんでした。

ミニ水筒 テーブルにて

誕生日から数日後の夕飯のときのこと。
突然、娘がプレゼントをくれました。

開けてみると、それは小さめサイズのマグボトル(水筒)でした。

そして妻には、普通サイズのマグボトルが。こちらは母の日のプレゼントです。

娘が、僕にも妻にもバレないように用意してくれた、サプライズのプレゼントでした。

そしてこれは、娘が初めて自分のお小遣いで買ってくれたプレゼントでした。

マグボトルの背景

最近我が家では、娘がSDGsに興味を持ったことをきっかけに、SDGsに関連するNHKの番組や新聞記事などを家族で見たり読んだりしています。そして、自分たちでも環境のためにできることから始めていこうと話していました。

テイクアウトやフードデリバリーについてくるプラスチックスプーンは丁重にお断りしたり、フードロスを出さないように食事や買い物のときに各自で気をつけたり。

一方、我が家では、500mlの水のペットボトルを常備していて、外出時に持って行ったり、就寝時に枕元に置いて、夜間に飲んだりしていました(僕が深夜に痛み止めの薬を飲むときなど)。

そうすると、毎日1〜2本の空きペットボトルが出ます。
それを妻が週末に、近所のスーパーの回収ボックスに持っていっています。

これをマグボトルに変えれば、エコの点でも手間の点でもメリットがあります。

そう考えた娘が、僕と妻にマグボトルをプレゼントすることを思いついてくれたわけです。
僕には誕生日のプレゼントとして、妻には母の日のプレゼントとして、お小遣いで買って、プレゼントしてくれました。

娘による周到なサプライズの仕込み

娘は僕と妻に気づかれないように、周到に!準備していました。いつもは家にいる僕が病院に行って帰りが遅くなる日を見計らい、学校から帰ってきてから急いで近所のスーパーに買いに行き、僕が家に帰ってくる前に急いで帰ってきて隠しておいたとのこと。

しかも前の日には、娘は「パパが病院で遅くなるなら、パパが帰ってくるころまで、お散歩にでも行ってようかな」と予防線も張っていたのです!あの発言はそういうことだったのか!今になってびっくり。

そして、買ってきた日の夕飯のときに、僕と妻にプレゼントしてくれました。
僕たちの驚いたことと言ったら!全く気づいていませんでした!

マグボトル選びに活かされる娘の観察眼

そしてマグボトル選びにも娘の観察眼が光ります。

妻には、普通サイズのマグボトル。

妻はもともと仕事のときに普通サイズのマグボトルを持ち歩いています。
でもそのマグボトルはもう何年も使っているため、傷がついたりして古くなってきていることに娘は気づいていました。外装も金属だったので、傷ついたり凹んだりしていたんですね。

それで、傷が付きにくい素材で、かつ、妻が普段仕事で使っているバッグに合う色ののボトルを選んだとのこと。

そして僕のマグボトル。普通より小さめのスリムなボトルです。

僕はちょっとした外出やウォーキングの際には、基本的に手ぶらで、携帯や財布などは全てズボンのポケットに入れています。だから財布は、ジーンズの前ポケットでもかさばらない小さい財布を使っています。

参考:▼48歳の誕生日プレゼントは「好きなところ100」|オーシャンブリッジ高山のブログ

一方で、虎の門病院や女子医大病院などに行く際は、500mlのペットボトルをバッグに入れて持参しています。でも、重いのが嫌な僕は、いつも、途中まで飲みかけたペットボトルを持って行きます。そして飲み切らずに持ち帰って、残りは家で飲んでいます。つまり、外出先ではそれほどの量は飲まないのです。娘はそこも観察していました。

これらの情報から、僕の場合は容量よりも、小ささを優先して、このシルバーのマグボトルを選んでくれました。
これなら、ウォーキングのときには、ジーンズやチノパンのポケットにも入ります。そして通院時のバッグの中でもかさばりません。

さすがの観察眼です。

僕のマグボトルと妻のマグボトル。並べて妻が写真を撮ってくれました。

水筒コンビ

このプレゼントをもらった翌日、早速、女子医大での診察に持って行きました。

待合ロビーで水筒

手に馴染むこの大きさがすばらしいです。

それにしても、6年前にはサプライズの秘密を思わず妻に漏らしてしまったあのあの娘が、自分でサプライズを企画、実行する歳になるとは。

参考:▼楽しい秘密は守れない/恵比寿alleeで誕生日のお祝い|オーシャンブリッジ高山のブログ

そして、自分のお小遣いから僕と妻にプレゼントをくれるようになるとは。

いろいろな意味で娘に驚かされ、喜ばされたイベントでした。

子どもの成長には、時に本当にびっくりさせられます。

そうした子どもの成長の過程をこの目で見届けるために、僕はこれまでの病気を乗り越えてきました。

僕の人生の最大の目標である娘の二十歳の誕生日まであと9年。

娘には、まだまだ僕と妻を驚かせて欲しいです。

参考:▼娘の11歳の誕生日で人生の目標達成まであと9年に/しあわせセンサー|オーシャンブリッジ高山のブログ

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や治療に関するご相談はお受けしておりません。

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