2022年04月13日

娘の12歳の誕生日/がん患者のみなさんへ(5年生存率の捉え方)

もうひと月近く前の話になってしまうのですが、娘が12歳になりました。

12歳のバースデーケーキ

毎年書いていますが、これで僕の目標達成まで、あと8年となりました。

人生の目標

目標というのは、11年前、脳腫瘍(グリオーマ)が見つかったときに決めたこちらの目標です。

「娘の二十歳の誕生日を、娘と妻と僕の3人で、おいしいお酒で乾杯してお祝いする。」

この当時の記事はこちら:▼入院当初、眠れぬ夜に考えていたこと(経緯7)|オーシャンブリッジ高山のブログ

命をかけた選択

この目標を決めた数日後に主治医の先生(東京女子医科大学 村垣先生)と手術の方針を話し合いました。大きく2つの選択肢がありました。

<選択肢1>再発の可能性を下げるために脳の奥の方に伸びた腫瘍まで切除する。この場合、左半身麻痺となり、普通の生活は難しくなる。

<選択肢2>左半身麻痺を避けるために腫瘍の摘出範囲を最小限にする。この場合、腫瘍は数年のうちに再発し、その後は治療が難しくなるかもしれない。

という2つの選択肢です。

つまり、命の長さを選び、その代わりに左半身麻痺を受け入れるか、命は短くなっても半身麻痺のない今まで通りの生活を選ぶか、という、文字通り命をかけた選択です。

でも、僕は迷わず先生に言いました。

「去年生まれたばかりの娘が成長する姿を、どうしても見届けたいんです。だから娘が20歳になるまで、とにかくあと19年生きられるようにしてください。半身不随になっても構いません。

この当時の記事はこちら:▼手術の方針を決断(経緯9)|オーシャンブリッジ高山のブログ

あと19年が8年に

その、当時1歳だった娘が、先月12歳になりました。

あのころは、5年生存率が25%という現実に直面し、もうあと数年しか生きられないのかという絶望的な気持ちの中で、それでもどうにかして19年生きたい、と必死でした。

あのときの文字通り必死の19年は、手が届く範囲よりもずっと遠くにあると思えました。

それが、もう11年も過ぎて残り8年になったというのは、本当に感慨深いです。
今なら、「きっと手が届く!」と自信を持って言えます。

平穏ではなかったこの11年

この11年は、残念ながら平穏な日々ではありませんでした。

脳腫瘍(グリオーマ)に続いて、悪性リンパ腫(B-LBL / ALL)白血病(急性骨髄性白血病)大腸がん(直腸がん)と、合わせて4回のがんを経験し、乗り越えてきました。そのうちの3回は、5年生存率が50%未満の厳しいがんでした。

脳腫瘍のあともいろいろなことがあっただけに、それらを乗り越えて、目標達成まであと8年のところまで来たということは、感慨深いです。

改めて感謝

娘の誕生日を機に、こうしてこの11年の闘病経験を振り返ってみると、改めて、僕の命を救ってくれた先生や看護師さんたちへの感謝の気持ちが、心の深いところから湧き上がってきます。

脳腫瘍でお世話になった東京女子医科大学病院の先生、看護師さんはじめ医療スタッフのみなさん、
その後の悪性リンパ腫急性骨髄性白血病大腸がんででお世話になった虎の門病院の先生、看護師さんはじめ医療スタッフのみなさん、

僕の命を救ってくださって、本当にありがとうございました。命の恩人であるみなさんには、どれほど感謝してもしきれません。心から、ありがとうございました。

がん患者のみなさんへ:5年生存率の捉え方

最後に。

この記事をお読みになっているみなさんの中には、がん患者さんやそのご家族の方もいるかと思います。
まさに今、突然のがんの告知に打ちひしがれて、治療に関する情報を探している方も、もしかしたらいるかもしれません。

でも、たとえ生存率の低いがんになっても、僕のように長期生存している患者も実際にいるということを知っていただきたいと思っています。

どんなに5年生存率が低くても、それはたくさんの患者を対象にした統計データに過ぎません。
1人1人の患者にとっては、40%も25%もなく、ゼロか100かです。死ぬか生きるか。

そして、生存率が0%ではないということは、実際に長期生存している人も存在するのです。

僕の場合、4回のがんの5年生存率はそれぞれ、脳腫瘍が25%、悪性リンパ腫が40%、白血病が30%、大腸がんが96%でした。

かけ合わせると、5年生存率2.9%です。

それでも、僕は生きています。

脳腫瘍の手術からは11年、悪性リンパ腫の抗がん剤治療からは8年、白血病のさい帯血移植からはほぼ5年、大腸がんの手術からは2年が経過しています。

大腸がん以外は、節目と言われる5年がおよそ経過しています。がんについては、ほぼ治ったと言える状態です。(後遺症や合併症や副作用などはありますが)

これを読んで下さっているがん患者さんも、どうか生きる希望を見失わずに、一日一日、治療を乗り越えて、そして病気という大きな山を乗り越えて欲しいと思います。

そして、希望を見失いそうなときには、「そういえば、生存率2.9%でも生きている人がいたな」とこのブログを思い出してくださいね。

そういうときの僕の生存確認のためにも、このブログは細く長く続けていきたいと思っています。

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高山の著書

「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」書影・表紙画像\
治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や治療に関するご相談はメールでもSNSでも一切お受けしておりません。仮に質問などをお送りいただいてもご返事できかねます。私もあくまで一患者であり医療関係者ではありませんのでその点ご理解ください。

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