当直医の対応に憤慨/血液内科医の手技/パラインフルエンザで隔離:白血病・悪性リンパ腫闘病記(74)

前回の闘病記からの続きです。
右手の手背(手の甲)に刺された点滴のライン


◼︎2013年9月15日(日)。入院126日目。抗がん剤治療開始から118日目。
朝、担当医のMY先生が来て、この頃の当面の課題だった腎機能障害について説明してくれました。

腎臓は、時間がかかっていますが、順調に回復しています。何とかクレアチニンの数値を1にまでは持って行きたいと考えています。火曜日の採血結果を見て、抗がん剤治療の次のコースを始めるかどうか決めたいと思います。今回は腎機能の低下だけでなく、風邪による発熱もあったので、結果的には抗がん剤治療を延期したのはよかったのではないでしょうか。

このように、腎機能は順調に回復し、延期していた抗がん剤治療の再開も見えてきました。
この日は長野から母が上京し、叔母、娘、家内とともにお見舞いに来てくれました。
この頃に見た映画は「追憶」、「ビッグフィッシュ」、「シャドー・チェイサー」でした。しかしいまタイトルを見ても、どの映画も、どんな内容だったのか全く覚えていません(笑)。
◼︎2013年9月16日(月)。入院127日目。抗がん剤治療開始から119日目。
腕に入れていた点滴のラインを差し替える必要があったのですが、例によって右腕も左腕も、点滴や採血をやり過ぎて血管に針が刺さりません。
看護師さんが何人かトライするも全て失敗し、最終的に当直の先生にお願いすることになりました。しかし登場した若い先生は、ろくに腕も見ずに、いきなり右手の甲(手背)に点滴の針を刺しました。しかも一度失敗した上で。(冒頭写真)
手の甲に刺していいのなら、新人の看護師さんでもできます。それが嫌だから、わざわざ当直の先生にお願いしているわけです。それを、ろくに話も聞かずにいきなり手の甲に刺されて、さすがの僕も憤慨しました。しかも一度失敗し、しかも右手です。利き手である右手の甲から点滴のラインが出ていたら、邪魔で何もできません。
看護師さんたちにこの話をしたら、さすがにみなさんもビックリしていました。「そんなことをした先生は誰か、後で確認して言っておきますから」と言ってくれた男性看護師さんもいました。
いつもお世話になっていた看護師のMさんは、「あとで担当医のMY先生にお願いして、手が空いた時に来てもらって、腕に刺し直してもらいましょう」と言ってくれました。
7ヶ月の入院中、ほとんど周囲の人に対して怒ったりすることはありませんでしたが、この時はその数少ない機会の1つでした。
◼︎2013年9月17日(火)。入院128日目。抗がん剤治療開始から120日目。
この日はまた母が来てくれました。体調が比較的よかったので、一緒に別の病棟の屋上にある遊歩場まで行って、アイスを食べたりしました。
主治医のGY先生からは、朝、こういう話がありました。

腎臓の数値、クレアチニンは、順調に下がってきて、2台に入ってきました。このまま順調に行けば、来週から抗がん剤治療が再開できそうです。また週末には外泊できそうですね。

久しぶりに外泊できそうだと聞いて、うれしくて、すぐに家内にメールしました。
この夜、ようやく担当医のMY先生が来てくれて、前日当直医に手背に刺された点滴の針を腕に刺し直してもらいました。ビックリしたのは、一度針を刺して失敗するも、その針を刺したまま、その近くの別の場所に二本目の針を刺して成功したこと。
一度刺して失敗し、その針を抜いて別の場所に刺し直すのはよく見ていましたが、最初の針を刺して失敗するも、リスクヘッジでその針を残したまま、二本目の針を別の場所に刺して成功するというのは、後にも先にも、この時しか経験がありません。驚きました。優秀な血液内科医というのは技術のレベルが違う、と感動してしまいました。
虎の門病院に入院した当初に驚いたことの1つに、血液内科では外科以上に、日々の治療の中で手技による処置が多く、医師の指先の技術が求められるということがありました。
脳腫瘍の治療で入院した外科(女子医大の脳神経外科)は基本的に入院中に一回の手術があり、あとは処置といっても術後の抜糸(抜鈎)くらいでした。
でも内科、特に血液内科(虎の門病院)では、抗癌剤点滴のためのCV(中心静脈)カテーテルの挿入や、骨髄穿刺(マルク)腰椎穿刺など、15〜30分ほどの処置がたくさんあります。全て自分のベッドの上で行います。しかし短時間の処置と言っても、局部麻酔の注射も使い、時には痛みも伴います。だから医師の技術、具体的には手技の手際の良さ、処置の早さ等が、患者が感じる痛み等の苦痛の大小に直結します。
幸いなことに、僕の担当医のMY先生は、非常に手際がよく、こうした手技でも痛みを感じることはほとんどありませんでした。最初の麻酔の注射のチクっとした痛み程度です。あとは気がついたら処置が終わっていた、という感じです。一緒に担当する看護師さんたちに聞いても、「MY先生がやると、他の先生の半分くらいの時間で終わる」とよく言っていました。
内科での治療でこんなに処置が多いとは、そしてその全ての処置を病室のベッドの上で行うとは、最初は驚きました。そして、痛いという噂を目にしていたこれらの処置で、ほとんど痛みがなかったことにも驚きました。その点でもMY先生には本当に感謝しています。
◼︎2013年9月18日(水)。入院129日目。抗がん剤治療開始から121日目。
朝のMY先生からのお話。

体重も落ち着いてきていますね。この週末は外泊するよいタイミングだと思います。三連休なので、いつもより長く、金曜日から月曜日まで、ご自宅でゆっくりされてください。

腎臓の治療については、次の検査でクレアチニンの数値が1台もしくは2台であれば、週末はお家でたくさん水を飲んでいただく程度で大丈夫です。

痛み止めは、点滴から貼り薬に切り替えましょう。どうしても痛い時は、オキノーム(医療用麻薬)をレスキューに使いましょう。

久しぶりに家に帰ることができそうで、しかも三連休でいつもより一日多く家にいることができそうで、うれしくなりました。
しかし、こんな話もありました。

病棟内でパラインフルエンザが流行っています。高山さんも検査してみたら陽性でした。高山さんの場合はもう快方に向かっている状態だと思いますが、他の患者さんに移すと危険なので、念のため病室内でもマスクを着用してください。また、他の感染患者さんも、この病室に移動して集まっていただくことになるかもしれません。

そのしばらく後に、看護師さんから話があり、感染した僕自身が別の部屋に隔離のために移動することになりました。二人部屋でした。ちょうど家内がお見舞いに来てくれたため、引っ越しはみんなやってくれて助かりました。
その後、ちょっと事情があって再度部屋を移動しましたが、夕方には新しい病室で落ち着きました。
◼︎2013年9月19日(木)。入院130日目。抗がん剤治療開始から122日目。
この頃は、腎臓の数値の悪化や風邪による発熱、それらによる抗がん剤治療の延期、さらに食欲減退もあって、精神的に沈みがちでした。
だから、この翌日からの外泊での一時帰宅で、気持ちが切り替わり、食欲も回復するといいな、と思っていました。久しぶりに家で娘や家内と一緒に過ごせること、好きなものが食べられることが本当に楽しみでしたし、それによる気持ちの切り替えも期待していました。それだけ気分が滅入っていました。