2018年06月20日

がんが「治った」と言えるのはいつ?/再発率と生存率

前回書いた下記の記事で、

▼快気祝い(仮)で四半世紀を一気にさかのぼり、新卒の自分に|オーシャンブリッジ高山のブログ

下記のように書きました。

その(仮)が取れる話については、長くなったので次回ブログ記事にて。

その(仮)が取れるお話です。

コンビーフサンド、アイスコーヒー。カフェカルディにて。

先日、先輩たちが開いてくれた「快気祝い(仮)」に(仮)がついているのは、去年の急性骨髄性白血病については、まだ「治った」とは言えない状況のためです。再発もなく、寛解状態は維持していますが、まだ「治ったとは言えません。「快気」していないわけですね。だから(仮)がついているのです。

じゃあ、この急性骨髄性白血病を含め、これまでの3回のがんは治っていないのか。そのあたりをご説明します。

1回目のがん、脳腫瘍(グリオーマ)の場合

1回目のがんである脳腫瘍(グリオーマ)については、2016年に、手術からまる5年が経過しました。

統計的に、再発率が大きく下がる節目の年が、僕の脳腫瘍(グリオーマ グレード3)の場合は5年でした。

手術後に再発なく5年生きられれば、その後も再発なく生き続けられる可能性が高いということです。つまり、医学的・統計的には「ほぼ治った」と言える状態です。

だから脳腫瘍の治療成績において5年生存率の値が重要なのですね。5年生存率が高いということは、治る可能性も高いということになるためです。(なおこの年数についてはがんの種類により異なります。後述)

でも5年経過した後も、再発率はゼロにはなりませんので、「完全に治った」とは言えません。だから僕は「ほぼ治った」と言っています。ここはもどかしいところなのですが。

2回目のがん、悪性リンパ腫(急性リンパ性白血病)の場合

2回目のがんである悪性リンパ腫(急性リンパ性白血病)については、この再発率が大きく下がるまでの節目の期間が3年でした(高悪性度のB細胞性リンパ芽球性リンパ腫の場合)。がん細胞の悪性度が高く、進行も早いため、再発する場合も3年以内と比較的早いことが多いのです。

この悪性リンパ腫についても、脳腫瘍と同じ2016年に、その節目となる3年を超えました

7ヶ月の抗がん剤治療を終え、PET-CT検査で寛解が確認されたのが2013年11月。その3年後にもPET-CT検査を受けて、再発はなく寛解が維持できていることが確認されました。

だから悪性リンパ腫も「ほぼ治った」と言えます。

なお、「悪性リンパ腫(急性リンパ性白血病)」と書いているのは、僕の「B細胞性リンパ芽球性リンパ腫」は、そのがん細胞が病理学的には「急性リンパ性白血病」と同じものであるため、同じ病気であり、同じ治療をすべきとされているからです。

そのため、ここでは「悪性リンパ腫(急性リンパ性白血病)」と表記しています。

3回目のがん、急性骨髄性白血病の場合

そして3回目のがんである去年の急性骨髄性白血病については、僕の場合、予後不良因子(二次がん、染色体異常の複雑核型)を考慮すると、造血幹細胞移植から1年半が再発の多い期間だと言われました。これも悪性度が高いため、再発する場合は早期が多いのです。

だから、移植から1年半の間、再発することなく寛解を維持できれば、その後の再発リスクは大きく下がります。

僕は昨年の2017年4月14日にさい帯血移植を受けましたので、その1年半後となる2018年10月14日を元気に迎えることができれば、急性骨髄性白血病も「ほぼ治った」と言える状態になります。あと4ヶ月弱ですね。

ちなみにこの急性骨髄性白血病は、前回の悪性リンパ腫(急性リンパ性白血病)の再発や転移ではありません。ただ、その前回の化学療法が原因となって発症した、治療関連の二次がんです。二次がんの場合、そうではない場合と比べて再発率が高く、生存率は下がると考えられています。

でも、この4月に無事に移植後1年を超え、移植後1年半まであと4ヶ月です。そうすれば、無事に急性骨髄性白血病も「ほぼ治った」と言えるようになります。

「快気祝い(仮)」の(仮)が取れる

つまり、今から4ヶ月後の10月14日を過ぎれば、急性骨髄性白血病も含め3回のがん全てが「ほぼ治った」状態になります。

そうすれば、「快気祝い(仮)」の(仮)が取れるわけです。本当の「快気祝い」です。

ということで、先日の快気祝い(仮)の最後には、「じゃあ次回は10月以降にやろうよ。忘年会で集まろうか」と言っていただきました。

もちろん、がん自体はほぼ治っても。後遺症(視覚障害帯状疱疹後神経痛、しびれなど)や合併症(骨髄抑制など)、GVHD(移植片対宿主病。顔の皮膚障害肝機能障害など)といった身体の不具合はいろいろとあるのですが、それでも再発の心配、つまり命の心配がなくなるというのは非常に大きなことです。

(仮)の取れた快気祝い、というか、忘年会に、元気に参加できるよう、体調に気をつけて過ごしていきたいと思います。

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高山の著書

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治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
(幻冬舎 税込1,188円)

脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う。2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。2016年10月に脳腫瘍、悪性リンパ腫の2つのがんから卒業。同年、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や病院に関する個別のご相談については、まず「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」をお読みの上、ご連絡いただけますようお願いします。いただくご質問に対する回答の多くが、すでにこの本に書かれております。ご理解お願いします。

※いただいたご連絡の全てにご返事できるとは限りませんのでご理解ください。

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