脳腫瘍患者の笑えない冗談と、ものごとは起こるべくして起こるという話

先日、東京女子医科大学病院に行ってきました。三ヶ月に一度の脳腫瘍の定期検査と診察です。前回は4月でした。
今回は、手術から8年が経過してから初めての診察でした。
東京女子医科大学病院


女子医大に行く日はいつもそうなのですが、この日も、たくさんの出会いと再会があり、いろいろなことを考えた一日でした。

まずはMRI検査

女子医大に着くといつも最初はMRI検査です。
MRIの受付では、顔なじみの受付担当の方としばしおしゃべり。この女性は、8年前の入院中は放射線照射室の受付にいらっしゃいました。だから、お見舞いに来ていた当時1歳の娘のこともよくご存知です。
「あの頃ベビーカーに乗っていた娘も、もう四年生なんですよ」とお話ししたら驚いていました。
受付してから検査室前の待合ソファへ。そこで、何年振りかで患者仲間のTさんとお会いしました。僕が手術を受けた数ヶ月後に、やはり脳腫瘍の手術を受けられました。久々に旧交を温めました。
順番が来てMRIの検査室へ。ここでこの日の失敗に気付きます。わざわざヒートテックの靴下を履いてきてしまったのです。MRIではヒートテックは発熱の危険があります。検査前に靴下だけ脱ぐことになりました。。
なぜわざわざ、夏に、しかもMRIでは脱がなければいけないヒートテックの靴下を履いていったかというと、洗濯機の調子が悪かったために、夏用の靴下を温存したのです。。
まあそれはそれとしまして、MRI検査はいつも通りでした。今回は造影剤はなし。この日も、あの轟音が瞑想状態に誘ってくれまして、眠ってしまいました。

脳神経センターの待合ロビーへ

MRIが終わってから、地下一階から2階に上がって脳神経センターの待合ロビーへ。そこでまた先ほどのTさんと一緒になり、おしゃべりしているうちに、診察の順番が来ました。

主治医の村垣先生の診察

主治医の村垣先生とは、手術から8年経過したことについてお話しした後、MRI検査の結果を確認しました。先ほど撮った画像と、一年前に撮った画像を比較し、腫瘍を摘出した跡の周辺に変化がないかを見ます。
今回も、何も変わったところはありませんでした。
さらに、先週の週末に家の玄関でドアに左側頭部を強くぶつけてしまったことを報告しました。ぶつけた直後は頭がクラクラ、フラフラする感じがして、1〜2日ほどは頭痛もありました。
村垣先生にそのことを報告すると、

「MRIの画像上は特に問題はありません。頭をぶつけた場合、1ヶ月後くらいに血腫ができることが稀にあります。ですからその頃に何か異常を感じたら、すぐに病院に電話して来てください。MRIは予約が先まで埋まっていることが多いですが、CTならすぐに撮れます。血腫の場合はCTで確認できますから。」

とのこと。これは安心です。こうした患者を安心させることを言ってくれるのは、常に患者目線の村垣先生ならではです。「何かあったら病院に来てください」だけでなく、一歩踏み込んでその先の検査のことまで教えてくれるのは、患者としては安心です。
今回、タイミングよく村垣先生の診察が入っていてよかったです。

執刀医の丸山先生と、種が芽吹いたお話

村垣先生の診察の後は、執刀医の丸山先生の診察室にもご挨拶に伺うことができました。丸山先生は、僕のブログや本について、

「高山さんが撒いた種が、どんどん芽を吹いて広がっていますよ」

と言ってくださいました。それを実感する出来事がこの直後に起きるとは、この時は思いませんでした。

薬剤師の生田先生と白血病の薬のお話

丸山先生の診察室を後にし一階へ降りるエスカレーターに乗っていたら、薬剤師の生田先生からメッセージが届きました。いつも丸山先生の診察室でお会いできていたんですが、今回はいらっしゃらなかったのです。
メッセージによると、僕が診察室に行ったときはたまたま席を外されていたとのこと。すぐに上りのエスカレーターに乗り換えて再度脳神経センターへ。生田先生が診察室から出てきてくれました。
生田先生は薬剤師の先生ということもあり、近況報告の後は、最近飲んでいる白血病関連の薬の話をいろいろしました。
帯状疱疹後神経痛のために使っている医療用麻薬のオキノーム、オキシコドンの話や、白血病の再発予防のために飲んでいる免疫賦活剤のベスタチンの話など。
虎の門病院の先生とは違う立場である生田先生からの客観的な意見は、大変参考になりました。
生田先生は、僕が急性骨髄性白血病で虎の門病院に入院したときは、わざわざお見舞いに来てくれました。脳腫瘍でお世話になった先生が、その後も心配してくださり、この日のように診察で女子医大に行った日には会いたいと言ってくださるのは、本当にありがたくうれしいことです。生田先生、ありがとうございます。

初めてお会いした患者仲間のNさんと笑えない冗談

生田先生と別れてエレベーターに向かったところで、後ろから「高山さんですよね?」と声をかけられました。
以前からFacebookでやり取りをしていた脳腫瘍患者のNさんでした。
Nさんは脳腫瘍になってから闘病記をブログに書いていて、Facebookにも投稿されています。その闘病ブログで、僕や僕の本のことを紹介してくださっていることから、Facebookでもつながり、時折やり取りをしてきました。そうした経緯もあり、以前から一度お会いしたいと思っていました。こちらがNさんのブログです。
▼脳腫瘍闘病日記
Nさんは奥様と一緒でしたので、しばし三人でお話ししました。僕がいつもFacebookの投稿を拝見していること、しばらくFacebookでの投稿を見かけないと、ブログにアクセスして更新がないかを確認していることなどをお伝えし、「奥様とお子さんと一緒に家族で病気を乗り越えようとしている姿を見て、ずっと応援していました」とお話ししました。
すると、

「それはうれしいです。高山さんは僕たちにとっては雲の上のような存在なので・・・」

とおっしゃるので、

「雲の上って、僕はまだ死んでませんよ。笑」

と笑いにくい冗談を返してしまいました。
昔から、オーシャンブリッジのスタッフにも、妻にも、(さらに最近では娘にも)、「高山さんの冗談は笑っていいのか分かりにくいです」と言われています。冗談なのか本気なのか分かりにくい、もしくはブラック過ぎる、と。
上記のNさんとの会話を帰宅後に妻に言ったら、それは間違いなく僕にしか言えない冗談だけど、お相手は笑いにくいね、とやはり言われてしまいました。
それはさておき、改めて、Nさんご夫妻にはこうお伝えしました。

Nさんとご家族のことをいつも応援しています。家族みんなで病気を乗り越えてください。

Nさんはもちろん大変ですが、それを支える奥様には、また別の辛さがあると思います。『患者が一番辛い』とよく言いますが、必ずしもそうではないと思っています。

患者本人は、辛くてもなんでも、とにかく治るためにがんばるしかありません。でも、家族には、患者本人ではないが故に、できることに限界があるもどかしさや、患者本人を含めて誰にも言えない辛さ、不安など、患者とは違う種類の辛さがあると思います。

でも、自分の親を含めて周囲にどんどん甘えて、助けを借りつつ、Nさんを支えていってあげてください」

Nさんは、僕のブログや本の影響で、女子医大で脳腫瘍の治療を受けることになったとのこと。そのNさんも、自分の経験を他の患者さんにも役立てて欲しいとブログを始め、僕もFacebookでつながり、そしてこうしてリアルでもお会いでき、奥様ともお話しできました。
これがまさに、丸山先生が言っていた、

「高山さんが撒いた種が、どんどん芽を吹いて広がっていますよ」

ということなんだなあと実感しました。
Nさんと奥様とは、「またお会いしましょう!」と言って別れました。Nさんも「また絶対お会いします!」と力強く言っていました。
Nさん、奥様、またお会いできるのを、本当に楽しみにしていますよ!

大学時代の先輩Iさんと数年ぶりに約束を果たす

Nさんとお会いした後、一階で会計を済ませ、今度は入院病棟へ。たまたま、大学時代のサークルの先輩が入院しているのです。学生時代から、そして社会人になってからも、一緒に遊びに行ったり飲みに行ったりしている先輩女性のIさんです。
Iさんの病室を尋ねると、リハビリを兼ねて歩こう!ということで、外来病棟の松本楼へ。お昼を食べていなかった僕は、久しぶりに名物のカレーを食べました。
僕が入院中、術後に少しずつ回復して動き回れるようになってからは、よく家族と松本楼に来て、カレーを食べました。今回、そのカレーを久しぶりに食べました。最後に食べたのは何年前だったか、もう思い出せないくらいです。
Iさんが数年前にも女子医大に入院された際に、メールでやり取りしたのですが、その時にも、「いつか松本楼でお茶しようね」と言っていただいていました。その約束も数年ぶりで果たせました。Iさんの今回の短期間の入院期間に、僕の3ヶ月に1度の診察が重なったのもよいタイミングでした。

ものごとは起こるべくして起こる

いろいろな人に会い、いろいろな話をして、いろいろ考えた一日でした。
中でも、丸山先生の「高山さんが撒いた種が、どんどん芽を吹いて広がっていますよ」というお言葉と、それを実感することになったNさんとの出会いは、偶然ではない何かを感じました。
そしてTさんやIさんとの再会も。
やはりいろいろなものごとは、起こるべきタイミングで、起こるべくして起こっているんでしょうね。偶然ではなく必然。
そうしたものごとを、タイミングを逃さずに捉えて、将来につなげていきたいと、改めて感じた一日でした。