2020年12月26日

虎の門病院での食道静脈瘤治療を終え退院しました

先日12月24日、クリスマスイブの日に、虎の門病院を退院して家に帰ってきました。

クリスマスイブ2020

入院したのは12月16日でしたので、9日間の入院でした。

もともとは入院は10日間の予定で、25日に退院の予定でしたが、先生のご協力もあり、1日短縮してクリスマスイブに家に帰ることができました。予定より早く僕が帰ってきて、娘は大喜びでした。

今回の入院の目的

今回の入院の主な目的は、2つありました。

1つ目は、夏の検査で再発が確認されていた食道静脈瘤の処置。

2つ目は、その原因になった肝臓の生検です。

食道静脈瘤の原因、肝機能障害

食道静脈瘤の直接の原因は、肝機能障害です。

その肝機能障害は、これまでの急性骨髄性白血病の抗がん剤治療の副作用や、さい帯血移植によるGVHD(移植片対宿主病)が原因と考えられます。

そうした治療の影響で肝臓の機能が障害され、門脈圧亢進により門脈から肝臓に入れなかった血液が逆流し、増加した血流が食道の静脈に瘤をいくつも作ります。これが食道静脈瘤です。

万が一、この食道静脈瘤が破裂してしまうと、洗面器一杯分もの吐血をし、生死に関わります。

よって、食道静脈瘤が破裂しないように、人為的に瘤を潰す(EVL)、あるいは静脈瘤ごと血管を固めてしまう(EIS)といった処置をします。

最初、今年の1月に食道静脈瘤(と大腸がん)が見つかってから、まず2月に入院して、この食道静脈瘤の処置を受けました(大腸がんの手術は3月)。


ただ、食道静脈瘤の処置は、あくまで対症療法であり、原因となっている肝臓の障害を治しているわけではありません。そのため再発しがちです。

僕の場合も、夏の検査で再発が確認されたため、今回入院して再度、食道静脈瘤の処置を受けることになりました。

肝臓の検査

そして、その食道静脈瘤の原因の肝臓そのものについては、、前回2月の入院時に、エコー、造影CT、造影MRIの検査を受けました。

それらの画像診断の結果、肝臓の異常は肝臓がんではなく、結節性過形成という良性腫瘍であろうという結論に一旦はなりました。

しかしこれはあくまで画像で見た上での判断です。より正確で確実な診断を下すには、実際にこの異常のある肝臓の組織を採ってきて病理検査にかけるしかありません。生研です。

今回の入院の機会に、その肝生検もして、肝臓の腫瘍の白黒をはっきりつけようということになりました。

入院して食道静脈瘤結紮術(EVL)を受ける

ということで、12月16日に入院しました。

そして入院翌日の12月17日に、食道静脈瘤結紮術(EVL)の処置を内視鏡下で受けました。

食道静脈瘤結紮術(EVL)というのは、内視鏡(胃カメラ)で静脈瘤の位置を確認して、静脈瘤を一つ一つ小さな輪ゴムのようなものでしばって壊死させるという処置です。輪ゴムで縛ると、数日で静脈瘤は壊死して取れてしまうとのこと。その跡は血管に潰瘍ができて治っていくようです。その潰瘍により、その先の血管への血流を阻害し、静脈瘤の発生を抑制する効果も期待できるようです。

なお、前回2月の入院時に受けたのは、食道静脈瘤硬化療法(EIS)です。こちらは、内視鏡で静脈瘤の位置を確認して、そこに流れ込むように血管に注射して硬化剤を流し込み、静脈瘤を固めてしまう治療です。

EVLとEISは、食道静脈瘤の数や位置、大きさなどを見て、どちらが適切か判断するようです。

今回はこれまでの内視鏡検査の結果、EVLが選択されました。

治療そのものは、通常の内視鏡検査(胃カメラ)のように、喉に麻酔をかけるためのゼリーを流し込み、注射を打ち、内視鏡検査室に入ってベッドに横向きで寝て、鎮静剤の注射を打ち、口に内視鏡を噛まないための器具をくわえて、内視鏡を喉から挿入します。

そのあたりから鎮静剤が効いてきて、記憶が曖昧になり、そのうち治療が終わって意識が戻ってきて、ベッドからストレッチャー(車輪のある移動式ベッド)に移動し、病室に戻り、自分のベッドに戻りました。

治療後の夜は痛みとの戦い

意識がはっきりしてくると、治療をした食道と胃の接続部のあたりが、少し痛みます。唾を飲み込むだけで痛みます。できるだけ飲み込まないようにしていました。

夜になると、その食道の痛みに加え、帯状疱疹後神経痛も激しくなってきました。

昼間の処置以降、水を飲むことができず、いつも定時で飲んでいる帯状疱疹後神経痛の鎮痛薬(トラマール)が飲めていないため、痛みがより強くなってしまったようです。

治療後は翌朝6時までは水を飲むことはできません。だから夜も鎮痛薬のトラマールが飲めません。

そのため、この夜は痛み止めの麻薬を2種類ほど試して(アセリオ、ペンタゾシン)、何とか夜を乗り越えました。

点滴2020

そして翌朝になると、食道の痛みは少し治まってきました。水を飲むことも許可されて、いつものトラマールも飲めるようになり、帯状疱疹後神経痛が抑えられるようになりました。水を飲むときには少し食道が痛みますが。

食事も始まりました。ゼリーですが。

入谷先生が処置の前に言っていたように、前回のEISより、今回のEVLは、治療後の痛みは強いと感じました。でも痛みが問題になるのも数日の話です。輪ゴムにより静脈瘤が脱落し、潰瘍となって治っていくと、痛みも治まっていくということなのでしょう。

あとで入谷先生に聞いたところによると、今回は7つの静脈瘤を処置した、つまり輪ゴムをかけたとのことでした。

肝臓の生検を受ける

食道静脈瘤の処置から5日後、肝生検を受けました。

病室からストレッチャーでエコーのある処置室に移動します。すでに肝臓内科の先生が、主治医の入谷先生をはじめ数人いらっしゃいました。

まずは入谷先生が僕の右の脇腹にエコーを当て、動かしながら、肝臓の位置や形、表面の状態(異常があるところかそうでないか)、肝臓のどこに血管が通っているかなどを確認します。そのエコーの画像を先生たちが見ながら、どこから針を刺して組織を取るかを相談して作戦を立てます。

作戦が決まった後、右の脇腹に麻酔の注射をして、少し切開して、そこからボールペンの芯のようなチューブ状の器具を挿入します。

エコーで肝臓を見ながら、作戦に従って器具の位置と角度を決めてから、器具をピストルのように撃つと、バシッという音とともにボールペンの芯のような器具がが勢いよく肝臓に突き刺さります。

その器具を引き抜くと、チューブの中に肝臓の組織が採れるという仕組みです。豆腐にストローを刺すようなイメージです。ただ肝臓の表面は豆腐ほど柔らかくないため、表面をたわませずに突き刺すには、勢いが必要です。それでバシッと打ち込むわけです。

バシッと組織を取る時は、先生に言われたよりは痛くありませんでしたというよりあまり感覚はありませんでした。。どちらかというと麻酔の注射の方が痛いくらいです。

若い先生が、実際に採れた肝臓の組織を見せてくれました。ボールペンの芯の中のインクのように、細くて長さが2センチほどの肌色の組織が、小さい瓶の中に見えました。

これを病理検査に回して、正体を探ります。悪性腫瘍(がん)か、良性腫瘍か、全く別のものか。良性腫瘍であっても、今後の悪性化の可能性はないのかなど。

一通り処置が終わってから、ストレッチャーで病室に戻り、自分のベッドに戻りました。

ベッドを移動するために動いたり、深く呼吸をしたりすると、右脇腹の中、つまり肝臓付近が少しピリッと痛みます。

この後、数時間はベッドの上で右脇腹を下にして寝て、圧迫止血します。3時間すると、仰向けになることも許可されますが、基本は右を下にして寝ていることになります。

この夜も痛みで大変でした。食道静脈瘤の処置の夜と同様、帯状疱疹後神経痛の痛みです。同じように、生検の前後は水が飲めないため、定時のトラマールが飲めていません。そしてやはり翌朝6時までは水も薬も飲めません。

やはり痛み止めの点滴のペンタゾシンを使ってなんとか乗り切りました。

今回採った組織の病理検査の結果が出るには、数週間かかるようです。

ただ、生検の最中、先生たちが画像を見ながら相談している中で、「こうして見ると、どちらかと言うとNRHだろうなあ」と偉い先生が言っていたのが聞こえました。NRHというのは、「結節性再生性過形成」という良性腫瘍です。生検後に入谷先生と話したときも、「我々は、恐らくNRHじゃないかと見ています」と言っていました。

最終的に病理検査の結果が出るのはまだ先ですが、先生方の言う通り、きっと良性のNRHだろうと思うことにしました。

最後に内視鏡検査

そして24日の朝に、内視鏡検査を受けました。今回の入院でのEVLの処置後の結果、経過を見るためです。

検査後に入谷先生に聞いたところ、結果はバッチリだったとのこと。処置で撃った7つの輪ゴムが、狙った静脈瘤をバッチリ潰していたようです。安心しました。

この内視鏡検査の後、午後に退院しました。

入谷先生によると、食道静脈瘤は、再発を含めて3〜4回ほど治療すると、徐々に再発しなくなってくるとのこと。

僕の場合は、今年の2月と今回12月の2回、治療を受けています。通常であれば、あと1〜2回の治療で再発は治まるはずです。まだ1回もしくは2回も同じ経験をするのは嫌ですが、まあしょうがありません。突然破裂して思いがけず命を落とすよりは、多少いろいろ辛くても入院のほうがましです。

血液内科の谷口先生も、「だんだんと体が元気になって肝臓も元に戻っていけば、食道静脈瘤のほうがあきらめて再発しなくなってくるから」

先日言っていました

せめてあと1回の治療で治まってくれればと思います。

新型コロナウイルスの影響をあちこちに感じた入院生活

今回の入院では、入院患者は全員、入院病棟に入る前に屋上(屋外)で新型コロナウイルスの抗原検査を受けました。それで陰性だった患者のみが病棟に入院できます。

これまでの通常の入院とは大きな違いです。

そして入院生活の中でも、先生たちと話している中で、新型コロナウイルスの影響が病院の通常診療のいろいろなところに出ていることを感じました。所々で通常診療に影響が出て、実際に医療崩壊が起こっているという現実も耳にしました。

そうした中で、コロナと関係ない病気で入院し、医療関係者の負担を増やしてしまったことは心苦しかったのですが、前述のように、食道静脈瘤もいつ破裂するか分からず、破裂すると命に関わるという意味では緊急度の高い病気です。

そう考えると、このコロナ禍でも、いつもの虎の門病院に入院して無事に治療を受け、肝生検を受けられたことは幸せなことです。

これまで4回のがん治療を含め、今回の治療でも、いろいろなめぐり合わせの中で、いろいろな先生にお世話になって、自分の命がつながっています。

改めてお世話になったみなさんに感謝しつつ、新しい年を迎えたいと思っています。

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治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ
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脳腫瘍、悪性リンパ腫(白血病)を乗り越えた闘病記。
病院選び、治療法選択、医師との信頼関係の構築、セカンドオピニオンなどの考え方も。

プロフィール

高山知朗(のりあき):

1971年長野県伊那市生まれ。伊那北高校、早稲田大学 政治経済学部卒業。

アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)戦略グループ、Web関連ベンチャーを経て(株)オーシャンブリッジ設立、代表取締役社長就任。現在、同社ファウンダー。横浜市在住。

2011年7月に脳腫瘍(グリオーマ)の摘出手術。後遺症で視野の左下1/4を失う

2013年5月から悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ種/急性リンパ性白血病)の抗がん剤治療。合併症で帯状疱疹後神経痛も発症し、現在も激しい痛みと闘う。

2016年年9月、幻冬舎より「治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ」を出版。

2017年2月、3度目のがんである急性骨髄性白血病を発症、同年4月にさい帯血移植治療を受ける。

2020年3月、4度目のがんである大腸がんの腹腔鏡下手術を受ける。

現在は妻、娘とともに元気に暮らしている。

連絡先

メール: nori.tkym[at]gmail.com
([at]は@に読み替えてください)

※病気や治療に関するご相談はお受けしておりません。

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